偽アイヌ 4 ページ8
「尾形さん、危ない!」
気がついているはずなのに、尾形さんはまるで聞こえてないように銃を構えようとしない。このままでは、殺される。
咄嵯の判断で、私は彼の前に出て、男に体当たりをした。男は私の行動に虚を突かれたのか、バランスを崩し倒れ込む。
起き上がろうとする男の腹を目掛けて引き金を引くと、弾は見事命中。男は苦しそうに悶絶している。その様子を眺めていると、尾形さんが後ろから、銃を握る私の手を上から包むように握ってきた。
「照準を合わせろ。お前がこいつを殺さなきゃ、こいつは苦しいままだぞ」
耳元で囁かれる声は、どこか熱を帯びていて、妙に色っぽい。引き金を無理やり握らされ、指を添えられた。
───嫌だ、殺したくない。
そう思っても、この人は許してくれない。
そのままゆっくりと彼の手から導かれるように引き金を引かれると、バンッと大きな音がして男が絶命する。
自分の手で人を殺した。その事実がじわじわと心に染み込んでくる。心臓が、ばくばくと音を立てていた。
「そうだ、それでいい。躊躇うな。そいつらが先に仕掛けてきたんだ」
「……」
尾形さんの言葉に、何も返すことができなかった。
尾形さんの手は、まだしっかりと私の手に重ねられている。その手がひどく熱い。
「行くぞ」
尾形さんはそれだけ言って、歩き出した。
慌てて後を追うと、周りが偽アイヌ達の死体だらけであることに気がついた。かろうじて生きているのも、村長を騙っていた男だけだった。これもすべて杉元さんがやったのだろうか。
地獄絵図のような光景に、背筋が凍る気がした。
村の女性達はというと、話し合い、殺した偽アイヌ達を土に還すことにした。アシリパさん曰く、今日起きたことを、忘れることにしたらしい。
私達も、埋葬を手伝った。遺体の中に熊岸長庵の遺体もあった。贋作を見分ける手がかりがなくなったと思いきや、アシリパさんと杉元さんは見分けの手がかりとなるような話を聞いたという。これでまた、新たな目的を見つけた。
埋葬が終わると、コタンの女性たちがトゥレプ料理というごちそうを振舞ってくれた。トゥレプというのはオオウバユリのアイヌ語だそうだ。掘ってきたゆり根を杵と臼で搗き潰し、それを水で濾した澱粉で団子を作るらしい。残ったカスも発酵させて冬場の保存食にするのだそうだ。
今まで食べたことのないような味だったが、とても美味しかった。
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作者名:塩わさび | 作成日時:2022年8月11日 22時