支遁動物記 5 ページ23
「…おい、その手はどうした」
「あっ」
尾形さんの言葉を聞いて自分の手をみると、針で刺してしまったのか指先に赤い点がぽつんとある。それを見て尾形さんは呆れたようにため息をつく。
「貸せ」と言って私の手を取ると、傷口に舌を当てた。生暖かい感触とぬるい唾液の感覚に思わず声が出そうになるのを抑える。
「……お、尾形、さん…汚いですから…!」
「ははぁ。これぐらいで騒ぐのか?やはりお前はおぼこだな」
尾形さんはにやりと笑うと、舐めるだけでは飽き足らず、そのまま吸い付き、軽く噛んできた。
ちゅぱ、と音を立てて唇が離れると、尾形さんは私を見る。その瞳にはどこか熱がこもっていて、目が離せなかった。
「A」
名前を呼ばれ、思わずどきりと心臓が鳴る。
尾形さんの顔がゆっくりと近づいてきて、思わずぎゅっと目を閉じると、耳元で囁かれる。
「明日の日の出、隙を見て谷垣を連れ出す」
「!」
驚いて思わず尾形さんを見ると、彼は意地悪そうな笑みを浮かべていた。
私は動揺して言葉が出ない。
「お前は今から村の偵察をしろ。警備の位置を確認してこい。俺はここから動くわけにはいかんからな」
尾形さんはそれだけ言うと食糧庫に戻っていく。その様子をぼやりと眺め、残された私はしばらく放心する。
………口づけを、されると一瞬でも思ってしまった。恥ずかしくて顔が熱い。
あんなのまるで恋人みたいじゃないか。……尾形さんにとってあれは挨拶みたいなものなのかもしれない。きっと深い意味なんてないんだろう。そう思うことにしよう。
そう自分に言い聞かせながらも、鼓動はなかなかおさまらなかった。
私は深呼吸をして村の方へと歩いて行く。舐められた指が、じくりと痛んだ気がした。
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作者名:塩わさび | 作成日時:2022年8月11日 22時