80輪目 ページ34
「はっ、アホらしー。」
その言葉が耳に入るのと同時に、壁に押さえつけられる。差し出した手を、両腕をひとまとめにされて。
「っ!灰崎くん、離して。」
「ホントにバカだな。俺はバスケにもう飽きたんだよ。疲れるし、汗クセーし。女と遊んでる方がよっぽど楽しーんだよ。」
つらつらと並べられる言葉に、声色に本心かどうか疑ってしまう。
「…それが本音なの?本当は…」
「ミケちゃんは甘いんだよ。世の中いいやつばっかりじゃねぇ。本当に悪いやつや怖え奴だっているんだぜ?」
私の言葉を遮って話す彼の瞳は仄暗い。
恐怖が背中を伝っていく。
「だからさぁ、俺が悪いやつだって考えずにノコノコやってきたミケちゃんは甘いんだよ。」
「ひっ!?いや、離してっ!」
首筋をべろりと舐められてぞっとする。
「ホントにバスケとか嫌な思い出しかねーけど、最後にミケちゃんをめちゃくちゃにするのもアリかもな。汚れたアンタを見て、アイツらどんな顔すんだろ。」
ゲラゲラと意地の悪い笑みを浮かべる彼に体が冷えていくのを感じた。
彼を諦めようとする気持ちと、まだ信じてみたいという気持ちが相反してぐるぐるする。その瞬間だった。
『アイツを頼む。』
脳裏に虹村さんの言葉が浮かぶ。
そうだ、私の役割は皆を支えること。
ぐっと唇を噛み締める。
「…灰崎くんの、好きにしていいよ。」
「は?」
私の言葉を訝しむ彼。
「それで灰崎くんの気持ちが晴れるなら、またバスケを楽しんでくれるなら。」
目尻に溜まった涙は知らないままに、私はそう微笑んだ。
「っ!…ちっ、萎えた。」
「え…?」
「だから、萎えたっつってんだろ。アンタにも、バスケにも、飽きたんだよ。」
手を離しながらそう話す彼。さっきまでの恐怖で思わずへたり込む。
「いいか、もう俺に関わんな。俺はもうバスケをするつもりはねぇ。」
「なんで…。」
引き止めようとした手は宙を掴んだ。
「じゃあな、ミケちゃん。」
私は去っていく背中を眺めることしかできなかった。
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「これで、よかったんだよな。」
ーその後の彼がつぶやいた言葉を、本心を聞けないまま
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作者名:みぃ太郎 | 作成日時:2023年7月25日 21時