１秒間彼氏。【あほの坂田。】

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普段運動しない女が成人男性に追いつけるはずもなく、追いかけなかった。と言えば理屈で通したみたいだけど、実際にはどうする事も出来ずにただ立ち尽くしていただけだった。

触れるだけだったのに、唇にはまだ優の感覚が残っている。現実的に考えればそんな事はあり得ないのは、分かっているけど。

映画館で強制的にキスした時は、あんなに余裕そうで私の反応を楽しんでいたのに、さっきのは不安と恐怖で顔を歪めていた。

何で、あんなに苦しそうなの。いくらだって払っていいから、あんな顔しないでよ。優の苦しげな顔はもう見たくない。

そう思うくらいには優に毒されているのだと気付かされた。自分自身の変化に戸惑っていると、LINEに通知が来た。こんな夜遅くにLINEを送る人物なんて思い至らない。だからこそ、誰か分かってしまった。今、ずっと考えていた人。数分前に会っていたのに、既に会いたい人。


『今日はありがとうございました！ 良ければまた《１秒間彼氏》をよろしくお願いします！！』


これをもし本人が口で言うなら、きっとあの人当たりのいい笑顔なのだろう。あの笑顔が歪む所を見てしまった私は、どうすればよかったのか。

……とりあえず家に帰ろう。目の前にあるんだから。外で考えていても寒いだけだし。

目的地は分かっているのに何故か安定しない足取りでエレベーターに乗り込む。壁にもたれかかって息を大きく吐いた。

誰もいないから少しだけリラックスできた。思う事があり過ぎて真っ白になって、空洞になりつつある心は一刻も早く休みたがっている。

住んでいる階に着くと、忙しなくカバンに手を突っ込んで鍵を探した。ドアに差し込んでドアを開けて、家に入って鍵を閉じて。日常の動作を無表情でこなしてソファに消沈。

今すぐにでもこの感情に名前を付けて、分解したい。粉々に砕け散らしたら、きっと満足出来るはずだから。

ぐちゃぐちゃの脳内をどうにかしたくて、今の自分の感情を必死に理解しようとして、上手く動かない頭を働かせる。でも、どうにもならない所かさらに悪化して、事態はもう収拾不可能。

持っていたスマホが通知を受け取ってロック画面を現す。そこには見慣れたさかたんの自撮りが映っている。キラキラして、今の私と正反対の様だった。

Twitterの通知で、坂田さんのサブの方が何かツイートしたらしい。


『今日は会えてよかった また会いに行こう 俺のやもん』


それは、私に向けられた言葉として受け取っていいんですか？

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