１秒間彼氏。【あほの坂田。】

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「……あ、よ、よろしくお願いします」


至って冷静そうな声を絞り出す。顔にこそ出してないつもりだけど、私の頭の中は混乱を究めている。

リスナーだとバレていないと思うけど、ここで「貴方あほの坂田。さんですよね？」なんて言ってしまえば合っていようと間違っていようと「変な客」レッテルがべったり貼られてしまう。まぁ間違ってないと思うけど。

いやでもあの坂田さんが遅刻してないって事は別人か……？ なんて失礼極まりない事を考えていると、坂田さん(仮)が人あたりのいい笑みを浮かべて口を開いた。


「そんな固くならんでもええよ？ あとタメで！ Aって呼ぶし優って呼んでな！」

「あ、じゃあ優……君」

「優！！」

「……優」


それでええんや、と関西弁丸出しで喋る今日限りの彼氏、優はどう見ても聞いても推しでしかなくて、戸惑ってしまう。

あと私の扱いが上手い。私のような恋愛がしたい女の相手をたくさんしてきたんだろうから当たり前と言えば当たり前なのかもしれないけど。このサイトを最後の砦にした女の扱いを。


「で、今日は何処行くん？」

「あ、映画館デートとか、いい？」

「うわ、俺寝そう。寝てたら起こしてな」

「分かった」


そんな会話をしながら１番近い映画館に向かう。手を繋ぎながら。恋人繋ぎではないけど、男性に触れる機会すらない私にとってはただの事故。

沸騰する頭を繋いでいない方の手で冷やす。いい具合に手が温まったから手を繋ぐのも悪くないな、なんて誰も聞かない意味の分からぬ言い訳をしてみる。


「真顔で小顔アピールしてんの？ おもろいな、Aって」

「……違うけど」


＿＿＿＿＿＿


恋人繋ぎで映画を見ると言いだした優。私は恥ずかしいから反対したのに、せっかくお金払ってるんやから言いなりなっとけと言われ渋々了承した。言いなりって。

そんな優は予告通りに寝てしまった。私の感覚では３０分も経ってないのに。

「寝てたら起こす」と約束したので起こさないと。

ゆする。小声で話し掛ける。失礼ながら頬を抓る。

何をしても起きない彼氏様に困り果てた。諦めて映画に集中しようとした時だった。


「ご苦労さん、おかげで起きれたわ」


小さく低い声が耳元に注がれた。

驚いて優のいる方へ顔を向けると、優の顔が鼻先にあった。

唇が静かに合わさった、数秒だけのキス。

首元まで真っ赤にした私に優は言った。


「キス一回1,000円やからな？」


ファーストキスは、1,000円しました。

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