□ 第112話 濁った瞳 □ ページ12
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既にデウスが目を覚ましてから数時間が経過するが、特に現場に変化は見られなかった。デウスの瞳は虚ろで、自分の足や床をただただ見詰めているだけだった。デウスは自分の目が濁っていくのを感じていた。
どんどん、自分が分からなくなっていく。どんどん、周りが分からなくなっていく。
嗚呼、確か誰かがこんな時に助けてくれたんだっけ。格好よかったなぁ。誰が助けてくれたんだっけ。思い出せない、誰が──。
思考全てに靄が掛かって、自分の事さえも思い出せない程に記憶を呼び起こすのが辛くなっていた。何も考えたくないのだ。辛いから。自分を益々迷わせるのに考えたくはない。いつ自分の名前が思い出せなくなるかもわからない。
「さぁデウスくん。何も苦しむ事はありませんよ。あなたの中にあるバラトとの記憶や、バラトの人柄を…ゆっくりでいいですよ、話してください」
不意に、フワリと花の香りがデウスの鼻に届いた。デウスを絡み付くように抱き締めた華穂の両腕は確かに温かく、そしてその声は甘ったるい程に優しかった。
デウスの思考を、華穂の甘い声が洗脳するように蝕んでいく。すると、治まっていた筈の頭痛がまた始まった。
脳が痛い。今すぐ頭に手を突っ込んで脳みそを引きずり出したいと思うほど、狂うくらい強く痛む脳に、デウスは苦痛を我慢できなかった。顔をしかめて下唇を噛む。じゃないと、痛みで今にも叫びそうだった。
「…デウスくん?」
華穂の声が遠くに聞こえた。デウスの頭は相変わらず靄が掛かって仕事をしないが、警鐘のように頭痛だけがガンガンと続く。
華穂は呼吸や脈拍が正常ではない事に気が付くと、デウスの顔を覗き込んだ。
それと同時に、その頭痛はピタリと止む。
「そうだ、バラトだ」
バラトという存在が自分を救ってくれた事までデウスは思考を届かせる事が出来た。この人はどういう人だったろうか。確か、強くてかっこよくて、ぶっきらぼうでひねくれもので正直で、誰よりも真っ直ぐで歪んでて。イビツな人なのに、バラトをずっと追い掛けていた。
“別に逃げるなとは言わない。逃げたっていい。走って、隠れて”
“でも目は背けるな。目なんだ。お前のその濁った目が、意味をなくす。お前なら、お前らならやれるよ。意味を作れるよ。与えられるよ。だから目を背けるな”
嗚呼そうだ、バラトの声だ。バラトが助けてくれたんだ。
デウスは濁った瞳を見開いた。
「(俺は──…目を背けてたんだ)」
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くろせ(プロフ) - 桐箪笥さん» あぁ! ホントですね!! ご指摘ありがとうございます、訂正致します! (2019年9月1日 20時) (レス) id: 172c2d6dd4 (このIDを非表示/違反報告)
桐箪笥(プロフ) - 36ページの違いドロドロは血がじゃないでしょうか?違うのなら申し訳ないです (2019年9月1日 17時) (レス) id: c5094549cd (このIDを非表示/違反報告)
くろせ(プロフ) - Noel*26さん» ありがとうございます! やっと出てきましたね〜、ここまで来るまで長かった…(笑) (2019年9月1日 6時) (レス) id: 172c2d6dd4 (このIDを非表示/違反報告)
Noel*26(プロフ) - 相変わらずの早起き更新お疲れ様です( ^ω^)ついに「ストックホルム症候群」という単語が本編に出てきましたね...うー、続きが気になる気になる木です(は?)これからも応援しています( ^ω^)更新がんばって下さいー (2019年8月31日 7時) (レス) id: 3a6dfc07f6 (このIDを非表示/違反報告)
くろせ(プロフ) - 桐箪笥さん» ありがとうございます! 頑張ります! (2019年8月26日 22時) (レス) id: 172c2d6dd4 (このIDを非表示/違反報告)
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