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しばらくゾムに会っていない。
それに気づいたのは夕立に慌てて洗濯物を取り込んだ後だった。部屋着の残機はまだあったっけ。いっそ下着で過ごしてやろうかと実行する気もないのにぼやいて、ふと、あの背中を思い出した。
最後に来たのはいつだっけ。
カレンダーを見ようと立ち上がるとチャイムが鳴った。宅配便の予定はない。なら客だ。あぁもう、わざわざこんな日に来なくたって。
足音を殺して魚眼レンズを覗く。
噂をすれば影。
「どうぞ、いらっしゃいませ」
「ごめんな。また濡れてもうた」
およそ一ヶ月ぶりの彼は、俯くようにフードを摘んだ。
土産だと渡されたアイスはありがたく冷凍庫に突っ込んだ。シャワーの水音と洗濯機の稼働音。
今日はいくつ彫るのか。個数によって位置や意匠は微細に変わる。この先背中以外に進出するならば別種の葉も良いな。いっそ別のデザインを提案してみるのもありか。
「機嫌ええな」
出てきた彼の髪は既に乾いていた。残った熱が鬱陶しいようで台所に直行し、アイスを見繕っている。邪魔にならないように横の引き出しからスプーンを二本取り出した。
「もし背中以外に彫る時は、何が良いかなと」
「あー」
受け取ったアイスは最推しの苺味。ゾムはバニラを口にしている。小さじ半分ほどをそろそろと口に入れた。知覚過敏にはこれくらいが丁度いい。
「ハートとかどう思う？」
「……ベタですね」
彼にしては珍しい提案にまじまじと見返してしまった。バニラに集中しているようでいて、耳が薄ら赤い。鮮やかな虹彩がこちらを向いた。
「左胸に、Aの名前を彫りたい」
言葉の意味を理解するのに何分かかったのだろう。スプーンを置き、唾を飲み込む。視線を逸らしたらもうダメだった。まともに顔を見れない。今までのやり取りが一気に再生されて、息が詰まりそうだ。
こちらを見つめる顔は、とても、静かだった。
雨音にため息がかき消える。
自分がどんな顔をしているのか、彼にどう見えているのか、そんなことが気になって仕方ない。
舞い上がってしまっていると自覚したところで、どうしようもなくて、
「……基本的に消えませんけど、いいですね」
「勿論」
真面目そうな顔がじわじわと崩れ、ひくひくと口元が上がったかと思えば両手で顔を覆ってしまった。
「も、むり、見れん」
「なんで」
「今絶対顔きもい」
まだ雨は止まない。
泊まりを勧めたらどうなるだろうと、半ば他人事のように考えた。
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