宝石箱とサイケデリック - [ 短編集 ] -

┊ ページ35

.









「じゃあ、」

「ん。気をつけてな。また」








エントランスで別れる時、照は私に控えめな笑顔で
手を振って歩いて行った。






あの笑顔はどういうこと？と思うんだけど、
元夫ながら彼のことが本当によくわからない。






それに離婚したのにも関わらず
会社から近くて良い物件が同じマンションの別部屋しかないと言い

彼の引っ越しは僅か1階上に荷物を上げただけで終了してしまったのもこの微妙な関係性に拍車をかける原因だった。







……そのせいで。

よく顔を合わせるばかりか

この前なんて「会社の人から貰ったんだけど」なんて言って大量のお野菜を持ってきたもので。







照の姿が見えなくなってふう…とため息をついていると

「おはようございます」と聞き慣れた声が背後から聞こえてきた。









「何ぼーっとしてるんですか？」

「…あ、目黒くんおはよ」

「ふは、今日会議ですよ。しっかりして下さいよ」








「せっかくなんで一緒に行きません？」と爽やかに笑う彼は私の1階下で暮らす会社の後輩、目黒くん。






私たちが同じマンションなのも偶然だ。



つまり私は元夫と会社の後輩のサンドイッチ状態とも言えるわけで。







さっき照といるところ見られたかなあと気にしていると
「さっきのあれ誰ですか？」と言われて思わずギクリとする。







「あー…えっと……あの人、が
………例の、私の元旦那なんだよね」

「え？は、……え？
すいません、俺馬鹿だからちょっと意味わかんないんすけど」

「混乱するよね。……当然だと思う」







かくかくしかじか、こういう訳ですよと1からざっくり説明してあげると


目黒くんは時々はいはい、と手を上げて質問を交えてきつつ私の現状を理解した。






一通り話し合えると

「うわ、まじでカオスっすね。どーするんですか？」とちょっと心配そうに顔を覗き込まれた。







「どうしようもできないんだよね…だって
会社からちょうどいい距離っていうのはこっちも一緒でしょ？」

「はい、まあそっすね」

「お金と体力もっていかれるし、
…独り身なら尚更大変なんだよ、引っ越しは」








「まあ会わなきゃ大丈夫だから」と言って笑った私の手を
突然、目黒くんが掴んで引き寄せた。








「っ、」


「危なかった。車。ちゃんと前見ないと」









「こんな風に俺が守ってあげましょうか？先輩」。


そう言って彼は突如、不敵に微笑んだ。






.

┊→←0 7 ✦ 1階下の後輩 × Black.

→ 目次へ｜作品を作る｜感想を書く
他の作品を探す