ほんとうに？ ページ19
Aside
水槽を洗う、水音だけ響く。
薫くんも奏汰くんも今日はいない。それぞれ用事だそうだった。
颯馬くんと二人きりなのは初めてかもしれない。
「ね、颯馬くん。これはこっちの棚でいいの？」
「ああ、そこでいいぞ」
水に触れたから冷えた手のひらが、夏の暑さに心地いい。
そうだ、今日はソーダを買って帰ろう。
なんだったら颯馬くんにもおごろう。
海洋生物部の面々の中で、颯馬くんはかわいい弟のようで大好きだ。
ソーダをのむ未来を思い浮かべて頬は緩んだ。
「…A殿は」
「うん？」
「羽風殿が、好きなのであるか？」
ぴたりと一瞬固まってしまった。
顔に現れてないだろうか。嘘は苦手なのだ。
無理に笑うの、かっこ悪いよね。
「…あはは、なんでまた」
でも、乾いた笑いしか漏れてこない。
「部長殿から、二人は昔恋仲だったと聞いたのである。でも、今は避けてるようにすら見えて」
ひんやりとした手から滴るしずくがきらめく。
薄暗い影が差す。
また、心臓が変に鼓動を刻む。
「…薫くんはさぁ！」
予期せず大きな声が出た。
颯馬くんが目を丸くする。
「私と結ばれないほうが幸せなんだよ、記憶なんか関係なしに！大好きだからさ、余計に！」
涙で視界がにじむ。
好き、本当は大好きなのに。
「…私の家のこと、教えてもらったんだけどね。お金持ちなんだって、婚約者もいて…どうしよう、今更縁を戻されたら？
また家族にされたら？私は結婚しちゃう？…薫くんと両想いにはなれないよ」
ボロボロと、涙が落ちていく。
水道水とも涙ともつかない何かが、床を濡らす。
なんと返せばいいのかわからないらしい。颯馬くんが口をあけては閉めた。
「…そんなこと『いっちゃだめ』ですよ」
ふいに、誰かの掌が私の視界をふさぐ。
それが離れて、後ろを向くと。
「…奏汰くん」
彼は、にっこり笑った。
「『おねがい』、かなえにきましたよ」
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作者名：こひな | 作成日時：2019年3月23日 19時
