03.優しい人だって ページ3
胸に手を当て、彼が動くのを待った。彼のいない生に、なんの価値も見出せなかった。それなら、彼の本体で斬られる方がはるかに本望。
けれど待てども待てども、彼の刃が私の首を飛ばす気配を見せない。
「あの……」
「自分を殺すかもしれないやつを好きになるなんて正気じゃない。それは、勘違いだ」
男は刀をほんの少し下げて、諭すように言った。まるでこのまま私に逃げてほしいみたいに。
「……いま、確信しました。やっぱりこれは勘違いじゃありません」
「……」
「だってあなた、本当はすごく優しい方でしょう？」
入ってきた私を見つけて、一目散に駆け付けてきた。すぐ殺すこともできたはずなのに、わざわざ止まってこんなに長く話をしてくれる。
自分の身は赤く染ってボロボロで、立つのも辛いはずなのに。
「……きみ、見る目がないと言われるだろう」
男は鬱陶しそうな顔をした。
「そうでしょうか。初恋なのでわかりません」
私がそう答えると、首を横に振って突き放すような口調で言う。
「人を殺す刀が優しいはずがない」
蜜色を濁らせて、柄を握り締めた。それは恐らく、何度も同じことを繰り返してきた男の言い分だった。人が来て、追い返して、また来て追い返す。
「優しい人だって、人を殺す時くらいあります」
「……どういう時だ」
「傷付いた時です」
その度に、守るべき人間に刃を向けるのはきっと、刀として生まれた彼には辛いことだったはずだ。
続く
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作者名：レモン | 作成日時：2021年4月20日 10時
