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「私は、物心ついた頃に捨てられました。だから、両親の顔も名前も覚えていません。」
斎藤が驚いたような顔をする。ああ、どうして私は、初めて会った男に、こんなことを話しているのだろうか。
「最近になって思うんです。私が覚えていないのだから、両親だって私のことは覚えていないだろうと。両親だけじゃありません。この世に、私のことを覚えている人間なんて一人もいない。」
「そんなことは…」斎藤が否定しようとしてくれる言葉を遮るように、次の言葉を続けた。
「色んな場所を転々として生きてきました。巡り合った人々は報われない孤児だとしか思っていないでしょう。幕府にとって始末屋の私は後ろ暗い存在です。死んで仕舞えば、存在した証拠なんて簡単にもみ消されてしまう。」
いつの間にか俯けていた顔を、斎藤に向けた。斎藤の顔が、悲しげに歪む。
こんな表情をさせてしまう私の顔は、一体どれほど酷い顔をしているのか。
「私なんてそんなものですよ。生きていた証拠も、存在した証拠もない。そんな人間が、生き続ける必要がありますか？」
斎藤に投げかけても意味はないとわかっていても、問うてしまう。
私に存在理由なんてあるのだろうか。人を斬ることはできても、守りたいものなどなにもない。では、私は何のために刀を振るう？何のために生きる？
考えても、考えても、わからない。
「織笠……」
「どうして斎藤さんがそんなに悲しい顔、するんですか。何だか悪いことをした気分になってしまいます。」
「やめてくださいよ、本当に」その声が若干震えた。
結局、その日、私は膳の上の食事をなに一つ口にできなかった。
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作者名：雛菊 | 作成日時：2015年10月12日 23時
