第十六話 別れを告げさせて ページ31
屯所についてまず、使わせてもらっていた自室へ入った。少ない荷物を風呂敷に放り込み、包む。
それから自分が隊服を着たままだと気づいて、それを脱ぐ。両手に抱えて、少しだけ見つめた。
『必ず返せよ』土方のそんな言葉が浮かんだ。
私は隊服を丁寧に畳むと、部屋の真ん中にそっと置き、部屋を出た。
「土方さん、いらっしゃいますか?」
私が次に向かったのは副長室だ。流石に何も言わずに出て行くのはまずいと思った。
「おう、入れ。」
「失礼します」と言いながら襖を開ける。いつものように座卓に向かっていた土方が筆を硯において振り返った。
「お前…今は巡察中じゃなかったか?」
「すみません、途中で引き返させて貰えました。」
「そんなに急用なのか?」
「ええ、まぁ……」
そこで少しだけ言い淀んでしまう。
駄目だ、迷うな。ここで口にする言葉はもう決まっている。
新選組を、私個人の問題に巻き込まない為だ。
「そろそろ手伝いをやめさせていただこうかと思いまして。」
土方はその言葉に少しだけ驚いたようだが、すぐにいつもの表情に戻り、「そうか、」と呟く。
「始末屋の仕事に戻るのか?」
そこでまた、言葉を詰まらせた。けれどなんとか顔を上げて続ける。
「いえ、始末屋ももう辞めようと思っています。」
「それは…お前の言ってた考えたいことってのに、踏ん切りがついたからか?」
今度は私が驚く番だった。まさか、一番最初に話したそんなことまで覚えていてくれたとは思わなかった。
「そう、ですね。……ここでは、沢山のことを気づかせてもらいました。」
「そうか。そりゃあ、よかった。」
土方は珍しく頰を緩めて、私を見つめた。
「元気でやれよ。」
「はい、」と答えた声は、震えていなかっただろうか。
「今まで、本当にお世話になりました。」
頭を下げながら、唇を噛み締める。そうしていないと、本音を口に出してしまいそうだった。
立ち上がり、襖を開けて外に出る。これ以上土方の優しい顔を見れなくて、振り返らずに「失礼しました」と告げた。
副長室の外の縁側に置いておいた風呂敷を持ち、玄関へ向かう。
誰かと鉢合わせないように、慎重に。
「……A?そんなところで何をしている。」
____ああ、私は最後まで、とことんついてないらしい。
振り返ったところに揺れている、白い襟巻きを見つめながら絶望的な気分になった。
今、最も会ってはいけない人物だ。
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作者名:雛菊 | 作成日時:2015年10月12日 23時