第十二話 酒と女となんとやら ページ22
すっと、静かに襖が開かれる。宴会場に詰めていた男たちは、固唾を飲んで、その襖の先を見つめた。
「お初にお目にかかります、Aというものでありんす。どうぞ、宜しゅうお頼申します。」
その先にいたのは、どこからどう見ても美しい遊女だった。しゃらりと髪飾りを揺らして、三つ指を立て、頭を下げる。その所作までもが、完璧だった。
「お、お前…本当に、Aか?」
「そうですよ。」
綺麗に繕っていた声が簡単にいつものトーンに戻り、男たちは残念に思うどころか安堵してしまった。ああ、中身はいつものAだ。という感じに。
「その口調とか、所作とか、完璧な遊女じゃねぇか。」
女慣れしているだけあって、他のものに比べれば衝撃からの立ち直りも早かった原田が、そう言って笑いかける。
「前に潜入した時に叩き込まれましたからね。」
Aが口元に裾を当ててフッと笑う。ここにいる全員がグッときた。
「まあ、こっち来い。ちょっと、こっち来い。」
明らかに挙動が不審な永倉がAを手招きする。「はい」と返事をしてAは立ち上がると座敷に足を踏み入れた。
歩く姿すら美しく、優雅だ。
「まさか…こんなになるとは、思ってなかった。」
「こんなになるって、どういうことですか?やっぱり似合っていませんかねぇ?」
Aは裾を広げて自分の格好を見回す。着物も髪飾りも綺麗で、髪も丁寧に結ってもらった。けれど、それが自分に似合うかといえば、自信はなかった。
職業柄、いつも動きやすいように袴を着ているため、女らしい格好などしたこともない。それこそ、吉原に潜入した時以来。
「いやっ、いやいや、似合ってないわけじゃねぇんだ。ただなぁ…」
「みんな、似合いすぎて戸惑ってるんだよ。」
沖田がにっこり笑った。彼も立ち直るのが比較的早かったようだ。
「綺麗だね、Aちゃん。」
そう言って、裾から覗く白い手を取り、そこにそっと口付ける。
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作者名:雛菊 | 作成日時:2015年10月12日 23時