検索窓
今日:7 hit、昨日:11 hit、合計:16,395 hit

友よ拍手を!《2》 ページ28

重い足を引き摺るようにして、部屋の中に足を踏み入れる。先程夜が降りたと表現した部屋の中は、時刻は昼過ぎであるのに、遮光カーテンが閉めきられているせいかその表現通り薄暗い。

そして、少し煤けた床の、散らばった苦悩の残骸の先にーーーーこちらに背を向けて、彼は座り込んでいた。いつも結わえていた夕焼色の髪はすっかりと伸び、ばさばさと肩口ではねてしまっている。未来への希望に満ち溢れて、しゃんと伸びていた背はみすぼらしくも丸く縮んでいた。

「……何の用」

抑揚のない問いと共に、彼は顔だけこちらに向けた。扉の隙間から差し込んだ細い光に、彼の姿が照らしだされる。ーーそののっぺりとした白い顔には、まるで生気がなかった。優しさと勇敢さの光を宿していた瞳は今や暗い闇を湛え、ぎんぎんと別の光を放っている。眩しい、とひび割れた唇から掠れた声が漏れたのが聞こえて、慌てて扉を閉めた。一瞬、視界が真っ黒になる。だけどすぐに目が慣れて、彼の姿は辛うじて視認出来た。

「……レオ」

蚊の鳴くような声が、唇をついて出る。でもまさか、こんなにも情けない声が自分の口から出るとは思っていなかったから、愕然とした。
本当は、「久しぶり」だとか、「ちゃんとご飯食べてるの」だとか、言いたいことは沢山あったのだ。けれど、彼の顔をみたら、そのような形式的な言葉は全て吹っ飛んでしまった。でも、後から思えばそれでよかったのだ。そんな心配なんて、泉とかに山ほどされているだろうから。彼らならともかく、私にまで心配されるなんてうんざりだろう。
だから、私は彼の名前を呼ぶのみしか出来なかった。それが許されることなのかはわからないけれど、それ以外に何をしたらいいかなんてとんと見当もつかなかった。

ああ、これじゃあ、あのときと同じだ。彼の心が崩壊していくのをすぐそばで見ていながら、何も出来ずにその場で足踏みをしていたあの頃と。

そうして、彼と対峙したまま立ち尽くしていれば、何の為にここへ来たのかが曖昧になってきた。頭の中がぐちゃぐちゃになって、眩暈がする。舌は口の中にはりついてしまって、どうするにも言葉を出せない。そうしているうちに、深淵にも似た暗闇が、私の輪郭を飲み込もうと迫ってくる。それどころか、彼の姿までもを闇の中に葬り去ろうとする。


「ーー人生というものは」


ーー黒闇の進軍を止めたのは、かさついた声だった。はっと視界が開け、薄暗がりの中にぼんやりとレオの姿が浮かび上がる。彼は、その瞳にうつくしい翳りをつくって、自分の手元の本を見ていた。

友よ拍手を!《3》→←友よ拍手を!《1》



目次へ作品を作る感想を書く
他の作品を探す

おもしろ度を投票
( ← 頑張って!面白い!→ )

点数: 9.8/10 (42 票)

この小説をお気に入り追加 (しおり) 登録すれば後で更新された順に見れます
41人がお気に入り
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告

感想を書こう!(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)

ニックネーム: 感想:  ログイン

零奈 - 初コメ失礼します。とても綺麗な文章だと思いました。そう書くと、途端に薄っぺらい感想になってしまうと思ったのですが、どうしても伝えたいと感想を書かせて頂きました。今後も更新頑張って下さい! 密かに応援させて頂きます。 (2019年8月5日 10時) (レス) id: ea99f94738 (このIDを非表示/違反報告)
雛菊(プロフ) - とくめいさん» コメントありがとうございます。稚拙な文章ですが、そう言っていただけると創作意欲が湧きます。私もとくめいさんの作品を拝読させてもらっていて、ファンなのでコメントいただけてとても嬉しかったです。本当にありがとうございました! (2018年4月17日 19時) (レス) id: 1117a8b068 (このIDを非表示/違反報告)
とくめい(プロフ) - コメント失礼致します、どの作品も美しくも切ないものばかりで、とても深く心に響きました。中でも英智の話が印象深く残っております、今後も、何度か読みに来させてもらいます。陰ながら応援しております、体調にお気をつけて頑張ってください! (2018年4月16日 22時) (レス) id: c77f4429a1 (このIDを非表示/違反報告)

作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ

作者名:雛菊 | 作者ホームページ:http://ない  
作成日時:2018年4月8日 1時

パスワード: (注) 他の人が作った物への荒らし行為は犯罪です。
発覚した場合、即刻通報します。