愛のことば【K.N】 ページ25
「A、二宮先生から3番に電話ー」
そろそろかなと思っていた。
「お電話変わりました、Aです」
「原稿できた、取りにきて」
「……はい。お伺いします」
平静を装った声で返事をすると、受話器の向こうで二宮先生が、くく、と小さく笑った。
「二宮先生の原稿取りに行ってきます」
デスクにそう報告すると私は立ち上がった。
「はーい、相変わらず早いね。今いくつ連載持ってるんだっけ？」
「大きいのは二つですけど、他紙のエッセイやコラムも含めたらかなりの数ですよね」
「だけど締め切りは完璧に守るもんね。その数こなして原稿用紙に執筆って珍しい。パソコンの方が早いし修正も楽なのにね」
「……そうですね」
二宮先生は今大人気のミステリー作家で、私は出版社の編集者。
初めて担当した『5人の探偵』が大ヒットし、シリーズ化されてからもう三年が経つ。
都心から電車一本で着くけど、一つ山を越えたら山梨県の先生の仕事場は林に囲まれた広い平屋の一軒家。
ここはあくまで仕事場で、ご自宅は別にあるらしい。
「さむ……」
白い息を吐きながらインターフォンを押すと、いつもと同じくわえタバコで二宮先生が玄関の引き戸を開けてくれた。
「どーぞ」
「こんにちは」
「うん」
いつもと同じように裸足で廊下をぺたぺた歩く猫背の後ろ姿について行く。
「先生、くわえタバコだめですよ。灰が落ちそうです」
「外寒いの？」
私の小言に返事をしないのもいつものこと。
くるん、と振り返ると急に先生の手が顔に伸びてきたから反射的に目を瞑る。
頬を指でひとなでしたあと、つねられた。
「ほっぺ真っ赤」
「痛いです」
つねられた手から力が抜けて耳のあたりにかかる。
「原稿なかなかいいでき」
「読ませてください！」
「だーめ、こっちが先」
先生はゆっくりタバコを唇から抜くと、手に持ったまま私にキスをした。
何度も何度も。
私の体から力が抜けて、持っていたカバンが知らない間に床に落ちる。
ソファの上に押し倒されると先生の唇が喉にふれて、ぞくり、と肌が粟立った。
「先生タバコ消さないと」
「うるさい」
少しだけ乱暴に私の体の上を先生の舌が這う。
先生から原稿が上がった連絡をもらった時から。
私はこうなることを知っていた。
もうずいぶん前から続いてる先生と私の秘密。
誰も知らない秘密。
会社の人はもちろん、学生時代からの親友も、誰も。
先生の奥さんも。
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作者名：つむ
| 作者ホームページ：
作成日時：2018年9月22日 8時
