12 ページ15
．
嫌な記憶を別のもので塗りつぶして、無理矢理思考を途切れさせる。
何度かの深呼吸で息を整えてから、頭を上げて周りを見た。
思っていたより時間が経っていたなと時計を見て思った。もう部活が終わる時間。気持ちを落ち着かせるだけでこんなにかかるとは……。
片付けに入っているバレー部を部員を横目に、横に置いておいたリュックを背負う。
まだ僅かに残っている嫌な感覚を表に出さないように、早く体育館から出ようとすると。
「えっと、冷泉さん……だっけ。ごめんな、手当てしてくれた時、ちゃんとお礼言えてなかった。
改めて、さっきはありがとう。俺は二年の澤村大地。よろしくな」
「……冷泉A」
若干身構えそうになりながらも、恐る恐る名前だけ口に出す。
さっき、私が連れ出した奴、やはり上級生だったか……。
「大地〜、だる絡みしに行くなよー。嫌そうな顔してるだろ……」
「お礼するくらいは迷惑じゃないだろ……。
……そういえば、冷泉さんはバレーに興味ある？昨日今日と練習見に来てたからさ」
「好きでも嫌いでもないよ。
……けど、人が何かに向かって精一杯努力しているのは、見ていてとても綺麗だと、美しいと思う」
何も見えなくなるくらい、何かを夢中で追いかけている人間が好きだ。
人間らしくて、美しくて、とても強い意志が好きだ。
ここに居る殆どにはそれがあるから。だから見ていたいと思ったんだ。
目の前の彼の喉が少し動いたのが見えた。
「そうか……。もし良かったらだけど、明後日の土曜日に練習試合をやるから観に来てくれないか？」
「練習試合？関係者でもない私が行っても良いのか？」
言い方からするに他校が会場だろう。特に予定も無いが……。
「あぁ、もちろん」
……行ってみたい。勝ち負けじゃない。どれだけ面白いものが見れるのか、どれだけ美しいと思えるものがあるのか。
この体育館にあったピリピリした空気も、熱気も、それがまた感じられるということに、私は私が思っているよりも高揚してしまっているようだ。
「……行、きたい。
もし周りや相手が反対しなかったら、観させてほしい」
澤村さんや隣の長髪の彼が目を見開いた。参加すると思ってなかったのだろう。私だってここまで気持ちが昂ぶるとは思っていなかった。
……柄にもなく口角が不自然に上がる。こんなに刺激されたのはいつぶりだろう。
リュックの肩紐を固く握りしめて、小さく笑みを溢した。
．
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 49人がお気に入り
お気に入り作者に追加
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
森谷きのこ(プロフ) - ひよりさん» コメントありがとうございます。気を付けているところやこだわっているところを褒めていただき、嬉しい限りです。細々とではありますが続けていくので、これからもよろしくお願いします。 (4月4日 22時) (
レス) id: 8dba170153 (このIDを非表示/違反報告)
ひより(プロフ) - 文章の構成、 情景や感情の表現、言葉選び諸々凄い丁寧で素敵でこの作品に惹かれました！楽しく読ませてもらってます！ (3月31日 1時) (レス) @page19 id: 67c39a707a (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：森谷きのこ | 作成日時：2024年2月26日 10時
