第十四話 ページ15
「山の神が……悪霊？」
老婆は瞠目する彼らを見遣り、ゆっくりと頷いた。
「そうさ。昔っから、すべてのもんには八百万の神が宿っとる。この世のあまつちすべからく、人のもんなど何ひとつあらん。山は、山を治める山神のもん。わしらはその恩恵を受けとるだけ。……されど、いつからか、人はそんなことも忘れてしまった……」
流れるように紡がれる言葉がぷつりと途切れ、物憂い吐息が沈黙を揺らす。
薬売りが重ねるように問いかけた。
「その神が、悪霊になったわけとは？」
「人のせいさ。この村を作ったのは、わしらの先祖。木々を切り、大地を削り、獣を狩り、そうしてできたのがこの村さ。山々を荒らした人を神が疎み、災いをもたらすのは、何もおかしなことではなかろうに」
「では、人のせいで山の神が悪霊となり、災いを振り撒いた……と？」
「そうさ。それを恐れた人間は、山神であるダイタラボッチの怒りを恐れ、魔除けの花である花を植えたんだ。それが彼岸花、この村の護り花さ」
「……なにゆえ、彼岸花なのですか？」
紫月が口を開く。それはこの村を訪れてから、ずっと胸の内に燻っていた疑問。
「彼岸花は、死人の花と言いましょう。不吉と呼ばれる花が、なにゆえ、護り花とされているのですか？」
「……確かに、彼岸花は不吉とされている。死人花だの幽霊花だの、ろくでもない呼び名しかない。……だが、それだけではないんだよ。彼岸花は、またの名を曼珠沙華。昔々、仏さんの花であったのだとさ。縁起が良いだろう？」
「それで、効果はあったんで？」
「ダイタラボッチは怒りを鎮め、今は山奥の祠で眠っとる。――もちろん、彼岸花の中で」
老婆がすぅ、と目を細めた。
その顔が笑っているのか歪んでいるのかはわからないが、紫月の背筋を薄ら寒いものが駆け抜ける。
口を閉ざす紫月の隣で、それまで黙っていた浅葱が顔を上げた。
「……そのダイタラボッチとやらは、今も災いかい？」
思わず浅葱の方を見るも、彼の視線は目の前の老婆に注がれている。
老婆は幾度か瞬いた後、ゆっくりと首を振った。
「いいや。それも随分、昔の話さ」
「……そうかい」
老婆の返答に浅葱が興味を失ったように目を逸らす。
その様子に違和感を覚えるも、紫月はそれを追及しようとは思わず、再び視線を老婆へと戻した。
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作者名：赤青ほととぎす/瑪瑙 x他1人 | 作者ホームページ：http
作成日時：2018年11月27日 22時
