彼 ページ24
.
車は辛うじて前に進んでいた。
二宮はこの車の静かさを呪った。
呼吸がつまずくような泣き声が、抑えても抑えても たびたび零れて、隠しようもなく響いた。
.
高速道路にも関わらず、速度は大幅に下がった。大きなトラックも速いスポーツカーも、いけ好かない高級車も、どんどん二人の車を追い越して行った。
二宮は、追い越し車線が終わるまでに 涙を止められそうになかった。
焦れば焦るほど内側が曇っていくフロントガラスみたいだった。ワイパーでどうにかなる視界の悪さではないのだ。どうしようもなかった。
.
大野はしばらく、窓の外を眺めながら、数えていた。
すれ違う対向車線の、白い車の数。二宮の吐いた、震えるため息の数。
「…に、」
「ごめん、違う、ッ…ごめ ん…、…」
運転席を見ると、耳の先はあかく染まっていた。
誤魔化すように、左手の甲で口元を覆っていても、ぽろぽろと雫は落ちる。
.
二宮には分かっていた。
大事にしないとね。なんて
やめないよ。なんて
この人の…大野の優しさに決まっているのだということ。
そういう答をくれることも、最初から分かっていた。
「…、も……あんな…思い、させないから……
電話、くれたら、さ…
ずっと…聞いててあげる…、から…」
分かっていた。
いつだって、ひとに伝える言葉を、大野は、雑に乱暴に選んだりしなかった。
その口からは、いつだっていつだって
自分の言いたい言葉よりも、誰かの聞きたい言葉が出た。
これは彼の決意なのだ。
「何やっても…何言っても、信じてあげるから…」
きっと、ものすごく寒くて狭くて暗いところで、心細い音楽を流されて、縛られて、銃を突きつけられて、「さあ!」と脅されたとしても、大野は言うのだ。
大事にしないとね。
やめないよ。
と、言うのだ。
「…叱られたって…俺が…、ちゃんと…
謝ってあげるから……、騙されても…裏切られても…
…俺が怒ってあげる……だから…」
それならば自分は守るしかない。
彼と、彼の言葉を守るしかない。
「…言わせてごめん…、言えなくさせて……ごめ…、」
守らなければ。
もう二度と、心まで踏みつぶされないように。
大野が静かに決意をしたなら
なにがなんでも、自分はここで、こうやって密やかに誓うしかない。
それ以外に、無い。
.
369人がお気に入り
この作品を見ている人にオススメ
感想を書こう!(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
きんにく(プロフ) - イチさん» なんとー!そんなに大切に読んで頂けるなんて幸せすぎます。本当にありがとうございました。これからも頑張ります♪ (2021年1月18日 23時) (レス) id: 527827598f (このIDを非表示/違反報告)
きんにく(プロフ) - もふもさん» こんな未熟な作品に涙などとてももったいないですが、嬉しいです^^そう言っていただけると頑張れます!ありがとうございました。 (2021年1月18日 23時) (レス) id: 527827598f (このIDを非表示/違反報告)
きんにく(プロフ) - 律さん» 律さん、最後まで読んで頂いて本当にありがとうございます!心温まる最後にできていたのであればとてもとても嬉しいです♪ (2021年1月18日 23時) (レス) id: 527827598f (このIDを非表示/違反報告)
イチ(プロフ) - きんにくさん、こんばんは。最終回を読みたいのに、終わってしまうのがもったいなくて、ちょっと読んではやめを繰り返していました。毎回思いますが、きんにくさんの描く世界が美しすぎて、読んでいて幸せな気持ちになりました。ありがとうございました。 (2021年1月17日 21時) (レス) id: 9e72143338 (このIDを非表示/違反報告)
もふも - きんにくさん、完結ありがとうございます! きんにくさんのお話には毎回泣かされます(/ _ ; ) 心温まる場面が多くて、つい何度も読んでしまいます。素敵な作品ありがとうございました!これからも応援してます!!! (2021年1月17日 1時) (レス) id: f5de961c82 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名:きんにく | 作成日時:2021年1月2日 0時