花を想ふ 2【ARS/山/ｵｵﾐﾔ】

陽 ページ21

.



「電車で帰ってみたかったな」



.



車は、比較的 揺れずに、あまり音を立てずに走った。


駅を通り過ぎて、円山川を越えると、すっかり〈帰路〉という感じになってしまった。

大野は行きと同じように、窓にぺたりと貼り付いて、外の景色を眺めていた。



「ねえニノ」

「なに？」

「電車で帰ってみたかった」

「バカ言わないで」

「何時間ぐらいかかる？」

「一生着かねえよ」

「一生？」

「アナタ変装もしないんだから」

「ああ……そういうこと」



比較的大きな川を過ぎて、あとは、ガードレールを見るしか仕方がない程なにもないところと、ちょっとした住宅群とを、繰り返し過ぎて行った。


「そんな風に見てても しばらくずっと一緒だよ、景色」


変わりばえのしない風景に飽きてきた頃、二宮にそう言われたので、あきらめてシートに身体を沈めた。


後部座席のドアポケットに、二宮の携帯灰皿が入っていた。

開けてみるとそれは空っぽだったので、大野は手遊び代わりに、それをパチンパチンと開けたり閉めたりした。


「ねえ、大阪通る？」


二宮に聞いたら、バックミラー越しに目が合う。


「大阪ぁ？…いや」

「通んない？」

「京都かな。京都の下のほう」

「名古屋は？」

「掠めるくらいだね」

「東海のほう通るの？」

「うん」

「行きもそうだったっけ？」

「うん」

「ふぅん……」



パチン、と、灰皿のプラスチックが閉まる感覚は、抵抗が強く新しかった。

よく見ても、吸い殻を捨てたあとがなく、中の隅までつるりとしている。



「この灰皿つかってないの？」

「ん？」

「これ」


バックミラーに映してみせた。

二宮は、近視の人が遠くを見るときみたいに目を細めて、「あぁ」と言った。


「持ってくんの忘れたと思って買ったやつ。結局さ、コーヒーの缶に入れちゃって。そいつ忘れて」

「じゃあ新品だ」

「いる？」

「いらない……、あっ」

「え？」


「明日雨だったらどうする？」

「……なんで？明日雨なの？」

「いや…べつに、なんとなく」

「なんだよそれ」



あはは、と二宮が笑い声を上げた。

ハンドルを握り直して、ミラー越しに大野を見る。


「ねえ」


呼びかけると、新品の携帯灰皿をパチン、と閉めて


「ん」


退屈そうに、またパカッと開ける。

何かを弄っているときの指先が、その幼い動作と不釣り合いに綺麗だった。



「…よく喋るね？」



.

切→←陰

→ 目次へ｜作品を作る｜感想を書く
他の作品を探す