涙 ページ13
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ひどく思い詰めた顔をしていた。
薄く笑ってやると、大野は泣きそうに震えた唇を、一度だけ、きつく噛んだ。
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優しそうな人だ、と櫻井は思う。
いつかも、彼の寝顔を見ながら 同じように思ったことがある。どこにも、尖ったところを見つけられない。
少しだけ見せてくれた、控えめな笑顔ですら、丸くて柔らかな口角の上げ方をしていた。
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伝えたいことがあるから、いや、伝えたくなんかないのかもしれないけれど
思うことは、人よりも多いはずだ
でないと、こんな顔はしないから
環境でも、人でも
なにかが、この人の言葉のありかたを変えたんだ
すこしだけ、苦しいほうに。
なにかで、がんじがらめになって
分からなくなって、それで
そこにあったメモの束を、必死で掴んで持って来た。
使用済みの言葉の束……あの ただの使い古しが、彼にとって、いったいどれほどの価値を持ったんだろう。
(…下手なわけがない……、そもそも 上手いも下手も無いんだ)
自分の下唇を とんとんと示すように、ひとさし指を当てる。
大野の視線がそこへ向いたことを、櫻井はしっかり確認してから
言葉の形に、口を動かした。
"あなたの"
その続きを待たずに、なにかを感じた大野は、怯えるように眉を寄せた。
瞳が濡れて、下瞼が 重たい雫を抱える。
長い睫毛がじわりと、涙を呑む。
ひとつ瞬きをすれば、きっともう、こぼれ落ちてしまう。
落ちたら…
零れ落ちたら、それは足元に散らばった言葉たちを濡らすだろう。
大野が持って来たメモの束。櫻井の筆跡。
今ではすっかり無効になった、でもあのとき温かかった言葉。
大切に、とっておいた言葉。
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" あなたの ことばで "
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つうっと、
頬の柔らかな曲線 そのとおりに涙が滑っていった。
純度の高い宝石や、未開封のミネラルウォーターのような、透明で罪のない涙だった。
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きんにく(プロフ) - イチさん» なんとー!そんなに大切に読んで頂けるなんて幸せすぎます。本当にありがとうございました。これからも頑張ります♪ (2021年1月18日 23時) (レス) id: 527827598f (このIDを非表示/違反報告)
きんにく(プロフ) - もふもさん» こんな未熟な作品に涙などとてももったいないですが、嬉しいです^^そう言っていただけると頑張れます!ありがとうございました。 (2021年1月18日 23時) (レス) id: 527827598f (このIDを非表示/違反報告)
きんにく(プロフ) - 律さん» 律さん、最後まで読んで頂いて本当にありがとうございます!心温まる最後にできていたのであればとてもとても嬉しいです♪ (2021年1月18日 23時) (レス) id: 527827598f (このIDを非表示/違反報告)
イチ(プロフ) - きんにくさん、こんばんは。最終回を読みたいのに、終わってしまうのがもったいなくて、ちょっと読んではやめを繰り返していました。毎回思いますが、きんにくさんの描く世界が美しすぎて、読んでいて幸せな気持ちになりました。ありがとうございました。 (2021年1月17日 21時) (レス) id: 9e72143338 (このIDを非表示/違反報告)
もふも - きんにくさん、完結ありがとうございます! きんにくさんのお話には毎回泣かされます(/ _ ; ) 心温まる場面が多くて、つい何度も読んでしまいます。素敵な作品ありがとうございました!これからも応援してます!!! (2021年1月17日 1時) (レス) id: f5de961c82 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:きんにく | 作成日時:2021年1月2日 0時