湯 ページ8
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焼けた魚の、くすくすと香ばしい香りで、目が覚めた。
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突っ伏すようになっていた机から、ゆっくり身を起こすと、いつの間にか肩に掛けられていた柔らかい布が、ぱさりと畳に落ちた。
1,2時間ほど眠っていたのか、閉められたカーテンの隙間から覗く外は、夜の暗さだった。
(…ご飯のにおい)
和室に入ってすぐの、低く四角い机に、夕食と思われる小鉢や椀が、並べられているところであった。
慎ましく膝を折った仲居が、これまた音のない手つきで食事を揃えていく。
背丈は似ていたが、相葉ではなかった。そのことは、大野を多少、不安にさせた。
その男は、大野が起きたことに気がつかないようで、黙々と食事を並べていた。
着物の袖を、料理につかないように反対側の手で押さえる動作が、清く洗練されていて気持ちが良い。
大野は、畳に落ちた、毛の短い毛布を見た。
触ると、眠っていた自分の体温であたたかい。
そういえば、いつの間にか暖房もつけられている。ここの夜は冷え冷えするから気を付けてと、二宮に言われていたことを思い出した。
部屋の暖房をつけて、毛布を掛けてくれたのは、この男の人だろうか。
寝起きで、ぼうとしたまま、大野はしばらく男を観察した。
知性的な顔立ちをしていた。
長さのある前髪が、左の眉を隠しながら左側にさらりと流れている。
えりあしは、男らしく短く切りそろえられていて、伸びた背筋と陸続きに、首の後ろのラインを美しく見せていた。
丸みを帯びた下唇が、気を抜いたらぽとりと落ちてしまいそうなようすで、ついている。
柔らかそうだ、と大野は思った。
この男が声を出したら、きっと柔らかで優しく、凛とした言葉が出るに違いない。
暫し、見惚れているとも気付かず、見惚れて
大野は机の上に置かれた、紙とペンを手に取った。
【温かくしてくれてありがとう】
なるだけ丁寧な字で書いたら、思ったよりも時間がかかった。
最近、字を書いていなかったので、ペンを持つ手が、ふわふわとおぼつかない。
礼のひとつさえ、このように手こずるのであるから、やはり声を出せないと言うのは、不便なところが多い…と
大野は少しだけ、肩を落とした。
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きんにく(プロフ) - 律さん» 律さん!こちらにも来ていただいて本当に幸せです〜ありがとうございます(泣)ご期待に添えるようなお話が書けたらなと思います! (2021年1月8日 11時) (レス) id: d7e5080941 (このIDを非表示/違反報告)
きんにく(プロフ) - はるさん» はるさんはじめまして!お越しいただき誠にありがとうございます。そんなふうに言ってもらえて幸せです♪がんばります! (2021年1月8日 11時) (レス) id: d7e5080941 (このIDを非表示/違反報告)
律(プロフ) - やっぱりきんにくさんの小説が大好きです!癒しです!続き楽しみにしてます! (2021年1月6日 19時) (レス) id: 820f2de8f4 (このIDを非表示/違反報告)
はる(プロフ) - きんにくさん、初めまして。素敵なお話ありがとうございます。これからも楽しみにしています。 (2021年1月6日 11時) (レス) id: 6cd0f843d6 (このIDを非表示/違反報告)
きんにく(プロフ) - satominさん» satominさんありがとうございます♪毎度毎度、恐縮でございます。おおお…私が読んでる本は暗くて長くて素敵な本です(笑)その人たちみたいに書けたらなあと思いながらなかなか…な日々です(笑)嬉しいことを聞いてくださってありがとうございました♪ (2020年12月28日 23時) (レス) id: 3c003d42b5 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:きんにく | 作成日時:2020年10月19日 16時