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【たのしかったです】と、しわか、湯に浸かりすぎてふやけているのか分からない、よぼよぼの手に書いた。




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大野は追い立てられるように、露天風呂から上がった。

長く浸かりすぎたのか、立ち上がると目眩がしたけれど、紫色の視界のなかで踏ん張って、ひといきで脱衣所まで行った。止まらずに。



「ええ、ええ…たのしいもんよ、やっぱり大きなね、湯船に入らな……、」



老人のかさかさとした声が、いつまでも背中に聞こえている。遠くで聞くと、擦れた風のようだった。


洞窟のような、口元ばかり見ていた。

ぽくぽくぽく、と愛くるしく動く、歯の無い口。


その目が、幸福な猫のように細く細く閉じられていることに、気がつかなかった。




(なんで…)




どうして気がつかなかったのだろう、と思った。



どうして

いちばんに、目を見ることができなかったのだろう。




----『目ってモノを言うからね、ほれ、良く見てれば……うん(笑)あんたはそれで大丈夫』




ずっと前。

まだ駆け出しの、まだ一緒に仕事をしたての頃、二宮がそう言ってくれた。

何かにつけてうまく言えない、口下手な大野の顎を、くんと持ち上げて、誰よりも素敵な、淡い色の瞳を微笑ませて…



----『ね、だいたい分かるでしょ?』



大事なことは、そんなふうに軽く言われたら、聞き逃してしまいそうで。

だけど不思議と、心に残った。



だから、ずっと

目を見ることを、大切にしてきたつもりだった。




なのに、どうだろう。




(…熱い……)




ぼう…と燃えるように、身体の芯が 熱を持つ。



濡れた髪も身体も、まともに拭くことをせずに、焦って浴衣の前を合わせた。

大きく着崩れて、だけど自分では、何をどうしようもなく、ただただ急いで、その風呂屋を出た。


気が急いていた。

誰かに追いかけられているわけでもないのに、逃げるように、玄関の石畳を抜けた。




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外に出たら、雨が降っていた。




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しとしとと、少ない量の雨。


傘を風呂屋に置き忘れたことに、大野は気がつかないまま、川筋まで濡れて歩いた。

大した雨ではなかった。



(…ふらふらする、……のぼせた…)



しんと冷たい、濡れた空気が、頬に首筋に触れた。

コロンコロンと、下駄の音も濡れて鈍くなって、歩を進めるごとに、火照った身体が冷やされていく。





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きんにく(プロフ) - 律さん» 律さん!こちらにも来ていただいて本当に幸せです〜ありがとうございます(泣)ご期待に添えるようなお話が書けたらなと思います! (2021年1月8日 11時) (レス) id: d7e5080941 (このIDを非表示/違反報告)
きんにく(プロフ) - はるさん» はるさんはじめまして!お越しいただき誠にありがとうございます。そんなふうに言ってもらえて幸せです♪がんばります! (2021年1月8日 11時) (レス) id: d7e5080941 (このIDを非表示/違反報告)
(プロフ) - やっぱりきんにくさんの小説が大好きです!癒しです!続き楽しみにしてます! (2021年1月6日 19時) (レス) id: 820f2de8f4 (このIDを非表示/違反報告)
はる(プロフ) - きんにくさん、初めまして。素敵なお話ありがとうございます。これからも楽しみにしています。 (2021年1月6日 11時) (レス) id: 6cd0f843d6 (このIDを非表示/違反報告)
きんにく(プロフ) - satominさん» satominさんありがとうございます♪毎度毎度、恐縮でございます。おおお…私が読んでる本は暗くて長くて素敵な本です(笑)その人たちみたいに書けたらなあと思いながらなかなか…な日々です(笑)嬉しいことを聞いてくださってありがとうございました♪ (2020年12月28日 23時) (レス) id: 3c003d42b5 (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:きんにく | 作成日時:2020年10月19日 16時

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