歌 ページ23
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櫻井が、離れの和室の扉を開けたとき、そこに在ったのは寝顔であった。
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テーブルの上の小鍋を開けると、米粒一つ残っていないほど、綺麗に食されていた。
鯛の雑炊は、本来別のメニューであったものを、空腹にやさしいようにと松本が作り替えたもので
あまり多すぎては食べ切れなかったときに気分が落ち込むだろうと、小さな鍋に浅く入れたのも彼である。
「味見して!」と、忙しい朝の厨房を置いて、外で掃き掃除をしている櫻井のところに来たときは、叱っていいのか褒めていいのか分からなくなったけれど。
その真っすぐさを、櫻井は微笑ましく思った。
(優しいんだよな……根っからが…)
持ち上げる小鍋が軽くて、自然と口角が上がる。
そっと、起こさぬようにテーブル越しに大野を覗いたら、長い指の間に紙が挟まっていた。
【ごちそうさ ま】
と。
頬が緩む。
ふふ、と声を出してしまったような気がする。
それに反応したのか、一度、うんと眉を顰めて、大野は小さな寝返りを打った。
(…なんか……うわ、無防備というか…)
浴衣の帯が緩んで、胸元が少しはだけている。
直してやりたい気分になったけれど、触ると起こしそうなので止めた。
本来ならば、そっと盆を持って部屋を出るのだが、櫻井はそれを忘れて、大野の横に膝をつく。
(優しそうな人…)
櫻井は、大野の顔の中で、するりと通った鼻筋以外に、尖っているところを見つけられなかった。
閉じた瞼の曲線も、静かな頬のカーブも、ふわふわと柔らかそうな髪も、唇も、眉も、なにもかも
自分よりも、いっそう柔らかいもので出来ているように思えてならなかった。
とくに頬などは、触るだけでも
(すぐ傷がつきそう………涙なんて、流したら)
しゅ、と切れてしまいそうなほど、柔らかに憂いを帯びていて
そもそもの顔のつくりが、彼をそんなふうに見せるのか、それとも、大野自身が纏う、無垢ながらもどこか退廃的な雰囲気が、そう感じさせるのか
櫻井には、判断がつかなかった。
(飾りに 見えそうだ)
暫く、その顔から目を離さずに居た。
やがて大野が、2度目の寝返りを打ったとき、櫻井はテーブルに向かって、手紙ほどの文章を書き、それを大野の横に置いた。
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きんにく(プロフ) - 律さん» 律さん!こちらにも来ていただいて本当に幸せです〜ありがとうございます(泣)ご期待に添えるようなお話が書けたらなと思います! (2021年1月8日 11時) (レス) id: d7e5080941 (このIDを非表示/違反報告)
きんにく(プロフ) - はるさん» はるさんはじめまして!お越しいただき誠にありがとうございます。そんなふうに言ってもらえて幸せです♪がんばります! (2021年1月8日 11時) (レス) id: d7e5080941 (このIDを非表示/違反報告)
律(プロフ) - やっぱりきんにくさんの小説が大好きです!癒しです!続き楽しみにしてます! (2021年1月6日 19時) (レス) id: 820f2de8f4 (このIDを非表示/違反報告)
はる(プロフ) - きんにくさん、初めまして。素敵なお話ありがとうございます。これからも楽しみにしています。 (2021年1月6日 11時) (レス) id: 6cd0f843d6 (このIDを非表示/違反報告)
きんにく(プロフ) - satominさん» satominさんありがとうございます♪毎度毎度、恐縮でございます。おおお…私が読んでる本は暗くて長くて素敵な本です(笑)その人たちみたいに書けたらなあと思いながらなかなか…な日々です(笑)嬉しいことを聞いてくださってありがとうございました♪ (2020年12月28日 23時) (レス) id: 3c003d42b5 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:きんにく | 作成日時:2020年10月19日 16時