句 ページ22
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さて朝食は、鯛の切り身の入った雑炊であった。
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細い糸がふわふわと絡まったような溶き卵、水分は少なめでとろみがあり、柔らかそうな米を艶やかに魅せていた。
れんげで一口、掬って食べた。
魚介の出汁の味がまろやかに広がり、ミツバの香りがつうと鼻を抜けたことで、大野はひどく安心した。
そのままでは熱い。
2,3度、ちょんと下唇でつついて、小さくれんげを齧る。
豊かでたっぷりとした味がした。具体的に、なにがたっぷりあるのかは、分からなかった。
(良かった…、よかった)
そうは言っても、
ひとくちを飲み込むたびに、次のひとくちにちゃんと味があるか、心配になって
一気にすべて流し込んで飲み込んでしまいたい、もしくはすぐに小鍋の蓋を閉めたい、という衝動に駆られたのだが…
急がない、急がない、と
昨日、櫻井から受けた言葉を思い出して、大切に食べることができた。
それで
小さな鍋に、浅くしか入っていなかった雑炊は、ものの30分で(彼にしては早いのだ)なくなってしまった。
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(ごちそうさまも言えない)
どれだけ喉が温められても、声は依然として出ず
きゅうきゅうと詰まる喉のことを、大野は歯がゆいのを通り越して、呆れた。
(…馬鹿になっちゃったみたい……喋れないし)
誰にも怒られていないのに、拗ねたような気持ちになった。
しかしそれは、よしよしと宥められるのを待つ子どもの、かるくて素直で柔らかい、いじけた心持ちだった。
空っぽになった小鍋の蓋を閉めて、ごろんと畳に、寝転がる。
横を向いて、畳に頬をつけると、すこし冷たかった。古い家の香り。
そのまま眠ってしまえそうにも思えた。
けれど、櫻井が食事を下げに来るときに、眠ってしまっていては惜しいと思った。
【ごちそうさ ま】
寝転んだまま書いたら、さ、と、ま、の間に変なすきまができてしまった。
それをおもしろく思って、そのまま渡すことにする。
(いつ戻ってくるんだろ)
食事を全て食べたので、うれしく笑ってくれるだろうか。
櫻井が微笑めば、周りの音が止まったようになることに、大野はほとんど気を取られてしまっていた。
(いつ……、)
花や芽などが、ふわりと綻ぶ様に似ていると思った。
ずっと見ていたくなるような、柔らかさ。
それを想像しながら、大野は
畳に頬をぺたりとつけて、その感触を愉しんだ。
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きんにく(プロフ) - 律さん» 律さん!こちらにも来ていただいて本当に幸せです〜ありがとうございます(泣)ご期待に添えるようなお話が書けたらなと思います! (2021年1月8日 11時) (レス) id: d7e5080941 (このIDを非表示/違反報告)
きんにく(プロフ) - はるさん» はるさんはじめまして!お越しいただき誠にありがとうございます。そんなふうに言ってもらえて幸せです♪がんばります! (2021年1月8日 11時) (レス) id: d7e5080941 (このIDを非表示/違反報告)
律(プロフ) - やっぱりきんにくさんの小説が大好きです!癒しです!続き楽しみにしてます! (2021年1月6日 19時) (レス) id: 820f2de8f4 (このIDを非表示/違反報告)
はる(プロフ) - きんにくさん、初めまして。素敵なお話ありがとうございます。これからも楽しみにしています。 (2021年1月6日 11時) (レス) id: 6cd0f843d6 (このIDを非表示/違反報告)
きんにく(プロフ) - satominさん» satominさんありがとうございます♪毎度毎度、恐縮でございます。おおお…私が読んでる本は暗くて長くて素敵な本です(笑)その人たちみたいに書けたらなあと思いながらなかなか…な日々です(笑)嬉しいことを聞いてくださってありがとうございました♪ (2020年12月28日 23時) (レス) id: 3c003d42b5 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:きんにく | 作成日時:2020年10月19日 16時