里 ページ31
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川沿いをずうっと歩いた。
流れる水に、すれすれの柳の枝が、美しい女の髪のように、つつましく綺麗だった。
川と、柳と、ひかえめな橙色の低い灯りと。
ひどく こざっぱりとしていて、気持ちが良い。
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『さとの湯』は、川沿いをすこし離れた、駅の近くに、どんと在った。
【駅の近くに、ぬるくていい風呂屋があります
いつも人気ですが、今日なら、と思います】
ここへ来るまでに通ってきた、いくつかの風呂屋よりも、比較的新しそうな外観をしていた。
玄関までのアプローチは、比較的みじかい石造りの橋と、歩けば良い音が鳴りそうな現代風の石畳。
曇りの空にも映えて風流だった。
客は、櫻井の言う通り、まばらで
若い客は居らず、地元の人間ふうの老人が、ゆったりとしたペースで、桶で身体を流していた。
しゅるる、と浴衣の帯を解いたら、何かから解放されたような気分になって
大野は、隣の洗い場に座った老人の真似をして、シャワーを使わずに、桶に湯を溜めて身体を流してみたりした。
内湯も、露天風呂も、温度はそれほど高くなく、ゆっくりと浸かることができた。
頭に、小さく折ったタオルを乗せて(これも老人の真似である)雲のうしろがわで暮れゆく空を想っていた。
【こころ皆 浪にながれて 月の糸】
露天風呂の、石のところに、こっそりとその紙を置いた。
濡れた手で触ったので、端が少しよれている。
櫻井に持たされた、その言葉の意味について考えようとした。
(…月……見えるかな…夜…)
空は、雨を溜めて、もうもうと曇っていた。
寒くなると思ったのに、比較的ぬるい風が、肩の上に吹き付ける。
「…今日雨ですわ」
ふいに後ろから、しわがれた声が飛んできて
驚いてわっと振り返ったら、大野とさっきまで行動を共にしていた(正確に言うと大野が行動を真似ていた)
痩せた老人が、ぽかんと口を開けていた。
「今日雨ですわ、ここもっとぎょうさん人居りますのに。今日は皆引っ込んでもうてるんですわ」
まるく開いた口を、ぽかぽかと閉じながら老人は話していた。
洞窟のような口だな、と思っていたけれど、よくよく見たら、歯が一本も無いのだった。
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きんにく(プロフ) - 律さん» 律さん!こちらにも来ていただいて本当に幸せです〜ありがとうございます(泣)ご期待に添えるようなお話が書けたらなと思います! (2021年1月8日 11時) (レス) id: d7e5080941 (このIDを非表示/違反報告)
きんにく(プロフ) - はるさん» はるさんはじめまして!お越しいただき誠にありがとうございます。そんなふうに言ってもらえて幸せです♪がんばります! (2021年1月8日 11時) (レス) id: d7e5080941 (このIDを非表示/違反報告)
律(プロフ) - やっぱりきんにくさんの小説が大好きです!癒しです!続き楽しみにしてます! (2021年1月6日 19時) (レス) id: 820f2de8f4 (このIDを非表示/違反報告)
はる(プロフ) - きんにくさん、初めまして。素敵なお話ありがとうございます。これからも楽しみにしています。 (2021年1月6日 11時) (レス) id: 6cd0f843d6 (このIDを非表示/違反報告)
きんにく(プロフ) - satominさん» satominさんありがとうございます♪毎度毎度、恐縮でございます。おおお…私が読んでる本は暗くて長くて素敵な本です(笑)その人たちみたいに書けたらなあと思いながらなかなか…な日々です(笑)嬉しいことを聞いてくださってありがとうございました♪ (2020年12月28日 23時) (レス) id: 3c003d42b5 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:きんにく | 作成日時:2020年10月19日 16時