干 ページ17
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身を切るような、辛い忙しさが続いた。
二宮が、大野に見えないところで、服用量を無視して頭痛薬を飲んでいることに
大野は気がついていた。
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その日の朝、仕事に出る1時間前に、大野は目を覚まして
いつものように、ベッドの上に座ったまま、暫しまどろんでいた。
ふっと、目を開けて
低いテーブルの上に、安いカッターナイフが置いてあるのを見つけたのは
たまたま……とくになんの理由もない、ほんとうの偶然であった。
引き寄せられるように、それを手に取り、普段よりも長く出した。
右手で持って、左手首に当てた。ひやりと、冷たかった。
しかし大野は、すんでのところで、刃を引かなかった。
違う…と思ったのである。
カッターナイフは、ハサミで切りにくい段ボールや、画用紙を切り取るためのものであって、大野の手首を掻き切るためにつくられたものでは無かった。
大野はカッターナイフの刃を仕舞わないまま、テーブルに置いた。
それから、キッチンやバスルーム、玄関など、家じゅうをくまなく探して
あるだけの刃物を、そのテーブルの上に集めた。
迎えに来ましたよという旨の、二宮からの着信が、10回鳴って、それがインターフォンの音に変わったとき
大野の部屋のローテーブルは、銀色の、刃物たちで埋まっていた。
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死にたいと、思ったわけではなかった。
ただこの、胃が捩れるような日々の苦痛から逃れるならば、それしかないだろうとは、思った。
『大野さん、居るー?起きてる?開けるよー』
インターフォンから、二宮の声がする。
大野は、テーブルの上を眺めた。
カッターナイフ、カミソリ、はさみ、包丁が2本、果物ナイフ、鏡の割れた欠片、ノコギリ
それぞれが、それぞれの用途を持っていて
しかしそのどれもが、「なんで今出す?」と、大野に問いかけているように思えた。
カミソリは、体毛以外のものを受け付けないように、しんとしていて
はさみは、薄い紙以外、切り取る気はないようで、その股を閉じていた。
包丁は口に入れるものを切るために 凛と清潔で、果物ナイフも同様、
鏡の破片は、たまたま鋭利になってしまっただけで、本来は何かを映すための上品なものであった。
ノコギリは、はやく外に出たそうに、土の汚れをその刃に纏っていた。
それで大野は、途方に暮れた。
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きんにく(プロフ) - 律さん» 律さん!こちらにも来ていただいて本当に幸せです〜ありがとうございます(泣)ご期待に添えるようなお話が書けたらなと思います! (2021年1月8日 11時) (レス) id: d7e5080941 (このIDを非表示/違反報告)
きんにく(プロフ) - はるさん» はるさんはじめまして!お越しいただき誠にありがとうございます。そんなふうに言ってもらえて幸せです♪がんばります! (2021年1月8日 11時) (レス) id: d7e5080941 (このIDを非表示/違反報告)
律(プロフ) - やっぱりきんにくさんの小説が大好きです!癒しです!続き楽しみにしてます! (2021年1月6日 19時) (レス) id: 820f2de8f4 (このIDを非表示/違反報告)
はる(プロフ) - きんにくさん、初めまして。素敵なお話ありがとうございます。これからも楽しみにしています。 (2021年1月6日 11時) (レス) id: 6cd0f843d6 (このIDを非表示/違反報告)
きんにく(プロフ) - satominさん» satominさんありがとうございます♪毎度毎度、恐縮でございます。おおお…私が読んでる本は暗くて長くて素敵な本です(笑)その人たちみたいに書けたらなあと思いながらなかなか…な日々です(笑)嬉しいことを聞いてくださってありがとうございました♪ (2020年12月28日 23時) (レス) id: 3c003d42b5 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:きんにく | 作成日時:2020年10月19日 16時