蕩 ページ1
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気を病んでいる、と言われた。
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自分ではそんなふうには感じない
と控えめに、しかし彼なりに強く反論を試みてみたけれど
重度に精神疾患の有る人は、押し並べて、そういうふうに言うのだ、と、ぴしゃり、医師に返された。
統合失調症である、と言われた。
そんなに珍しい病ではない、過度のストレスや疲労により、感情が平坦化したり、頭がうまく働かなくなったり、自閉になったり、妄想や幻聴が起こるものだ、と説明をうけた。
自分にはそのような症状は無いと思う
と、やや強めに(それも彼なりにではあるが)反論を試みてみたけれど
重度に精神疾患の有る人は、押し並べて、そういうふうに言うのだ、と、今度はやや厳しめに返された。
そこで大野は閉口した。
「2週間ほど、東京を離れて休息させようと思ってるんです。今までかなり酷いスケジュールで働いてましたし、今回ちょっとこの人にしんどいこともあって、ガクッときたんだと思います」
「仕事が原因であれば、良い手段だと思いますよ」
「でも地方に行こうにも、顔が知れちゃってるんでね…、どっかいいとこあります?ゆったりしたような…あーでも、あんま、何もないようなところはちょっと……」
「ああ…、城崎なんかどうですか。寒くなってきましたし、温泉地で気を休めるというのは非常に有効ですから。その人の嗜好にもよりますが」
「城崎?観光地じゃないですか」
「先の感染症で、今のご時世、平日なら旅行客もそんなに居ないでしょう。土日は宿に籠ってればいいのです。宿も、離れを借りれば、人知れずのんびり過ごせると思いますよ?」
「へえ」
「川は風情がありますし、歩けば海もあります。山もね。なんせ程よく静かです。観光地というのは、皆が一様に求めるからそうなっているのです、志賀直哉も電車に跳ねられた後養生にと訪れています」
「城崎ねえ……、大野さん、どう?温泉地だってよ。ここより全然うるさくないし、退屈でもないと思うけど」
自分のマネージャーである二宮の、さらりとした高い声と、目の前の初老の医師の掠れた声、どこがどのように違うのかを、熟考していた大野は
急に話を振られて、驚いた。
「…、うん」
話を聞いていなかった。
なんのことかサッパリ分からなかったが、二宮が、くるんと自分を覗き込むその目、
気安い気づかいの潤いに、「うん」と頷いておけば間違いないような気がした。
それで、城崎に行くことになった。
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きんにく(プロフ) - 律さん» 律さん!こちらにも来ていただいて本当に幸せです〜ありがとうございます(泣)ご期待に添えるようなお話が書けたらなと思います! (2021年1月8日 11時) (レス) id: d7e5080941 (このIDを非表示/違反報告)
きんにく(プロフ) - はるさん» はるさんはじめまして!お越しいただき誠にありがとうございます。そんなふうに言ってもらえて幸せです♪がんばります! (2021年1月8日 11時) (レス) id: d7e5080941 (このIDを非表示/違反報告)
律(プロフ) - やっぱりきんにくさんの小説が大好きです!癒しです!続き楽しみにしてます! (2021年1月6日 19時) (レス) id: 820f2de8f4 (このIDを非表示/違反報告)
はる(プロフ) - きんにくさん、初めまして。素敵なお話ありがとうございます。これからも楽しみにしています。 (2021年1月6日 11時) (レス) id: 6cd0f843d6 (このIDを非表示/違反報告)
きんにく(プロフ) - satominさん» satominさんありがとうございます♪毎度毎度、恐縮でございます。おおお…私が読んでる本は暗くて長くて素敵な本です(笑)その人たちみたいに書けたらなあと思いながらなかなか…な日々です(笑)嬉しいことを聞いてくださってありがとうございました♪ (2020年12月28日 23時) (レス) id: 3c003d42b5 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:きんにく | 作成日時:2020年10月19日 16時