花笑み Ⅲ (ページ36)

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やがて、他のメンバーもぞろぞろ入ってきた。

撮影の準備が始まると、
阿部ちゃんはいちょうの葉を目の前でひらひらさせて、

「もらっていい？」

とあざとく笑う。

俺は二つ返事でいいよ、と答えた。

彼は大事そうにそれを本の間に挟んで、
嬉しそうに閉じた。

甘い香りがする。

すっかり当たり前になった甘い香り。

もう、彼が元はどんな香りだったのかは思い出せない。

「今日はあんまり寝ないんだね？」

最近は仕事以外、ほとんど眠っていた阿部ちゃんは、
その日は珍しく待ち時間も起きていて、

何気なくそんな言葉をかけたような気がする。

ab「うん、調子いいみたい」

秋色のくすんだ色のデザインシャツがよく似合っていた。

撮影の小道具であるドライフラワーが並び始めると、
彼とは違う、少し人工的な香りがして、
俺はそれをかき消すように、阿部ちゃんの隣に並ぶ。

肩が触れ合うほどまで近くによって、
その存在を確かめるように、
さりげなく手を回した。

ab「なに？」

「阿部ちゃんの近くが落ち着くの」

ab「…佐久間、」

阿部ちゃんが何かをいいかけて、
でもその言葉を最後まで聞く前に、

「阿部さん、お願いします」

という、スタッフさんの声に遮られてしまった。

「なになに？」

ab「…ううん、あとでね」

阿部ちゃんは俺からすっと離れて、
小道具のドライフラワーを手渡されると、

カメラの前でそれを抱えて、
優しくレンズに向かって微笑んだ。

とても、綺麗だった。

甘く見えて、実は鋭い瞳が、
彼にしか出せない憂いを帯びて、

色んな思いに全部蓋をしたような、
切なくて、儚くて、
消えてしまいそうな雰囲気を纏い、

掴めそうで掴めない、
届きそうで届かない、
触れればすぐに枯れてしまいそうな
繊細な花びらのように、

彼は綺麗という言葉だけでは言い表せないような、
色んな感情を纏ってそこに立つ。

撮られた写真がモニターに映るのを、
俺は、気づけばメンバー全員が、
惚れ惚れと食い入るように見つめていた。

シャッター音に合わせて、
くるくると表情を替えていく阿部ちゃんは、
まるで舞っているみたいだった。

パフォーマンスは負けない自信があったんだけどなぁ。

その姿があまりにも美しくて、
嫉妬という、
あまり褒められない感情すら湧いてきて、

俺は情けなく笑った。