30.北風 ページ30
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冬のキッツイ合宿の中、眼鏡がぶっ壊れた。
「おい御幸、それーーー」
「あーーー、買ってきます」
ついてねえ。
マネージャーに頼もうとしても、ちゃんと試着して買ってこいと言われ、
久々の制服に袖を通して街まで出てきた。
なんとなくスポーツ用品店に寄ると、
「あ!」
「ゲッ」
「久しぶり〜〜一也♡」
「…よー、鳴」
珍しく1人らしい鳴が、ニコニコと近づいてくる。
思い出すのは、夏の敗戦と、
調子を、さらにはフォームを崩したという風の噂。
「なに一也、1人なの?珍し…くもないか」
「こらこら。お前は珍しいな、1人なの」
「今他は練習中だからねーっ。俺は監督のおつかい」
「へぇー」
商品を手に取りながら、さらりと聞く。
「お前、調子崩してんだって?」
「…………いきなり何?敵情報欲しいの?」
「情報も何も噂になってんぞ、お前目立つんだから」
「あちゃー、人気者はつらいなあ」
キレられるのも覚悟だった質問。
でも鳴はケラケラ笑ってる。
「まー、一也にだから特別に言っちゃう。
俺が調子崩してるのは事実」
「…………そこまでは知ってる」
「でもさー、俺が絶望してる時に、天使が現れてね」
……………天使?
「俺のこと一番かっこよかったって、
野球してる俺が一番好きって言われちゃってさー
頑張るっきゃないよねーこりゃ」
嬉しそうにデレデレする鳴。
…こいつにとっての天使って、
「…それって望月?」
「あーわかる?愛の力ってやつ?」
なおも鳴は、楽しげに口を開く。
「…………………」
ここで流さずに、余計なことを口にした自分のことが、
後になってもわからない。
「…決勝の日、あいつ、俺のことかっこよかったって言ってたけどな」
「……………は?なにそれ」
「俺もあん時落ちてたからさー、
思わず抱きしめちゃったら、かっこよかったよって言われちゃった」
軽くそう言うと、鳴は俺の方を見て、
「……………へーえ?」
ニヤリと、マウンドの上にいる時の顔で、笑った。
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作者名:すた | 作者ホームページ:
作成日時:2015年12月6日 0時