桜、蛍、楓、雪(2)

(4) ページ38

・


天鵞絨に包まったのを最後に

不思議な事だが、君がいなくなった

いつもは一緒に寮まで帰るのに

先に帰ったのか、もう辺りに居なくて

急いで戻ったけれど

鞄は部屋に置いてあるのに姿がなくて

みんなと共有の自習室や余暇室に

まだ人気ない浴室にいい匂い漂う食堂にも

君の姿は見つけられなかった

先に『夜のサーカス』に行ったのかな？

でもそれじゃあ、場所を知らない僕は

どうやってそこへ行けばいいんだ？

誰にも内緒だと君が言っていたのだから

他の人が知っているとは思えないし

もしかして実はまだ講堂にいるんじゃないか？

だけどそれなら鞄が部屋にあるのはおかしい

君に対する疑問と不安が入り混じって

行ったり来たりして落ち着かない

取り敢えず宿題をやっつけて

いつもはゆっくり入るお風呂も烏の行水で終え

大好物のオムライスを五分で平らげて

急いで部屋に戻れば君の気配はないのに

机の上にカードが一枚

見慣れた文字が踊ってる

『準備が終わったら、講堂に来て！』

講堂？やっぱり君はそこにいたの？

それに これはいつのまに用意した？

……準備って一体 何だ？

寮長を騙眩かす為の偽装工作？

僕は慌ててベッドに枕と布団で山を作る

二人とも寝てしまった事にしてしまえばいい

完全防備で臨む様に着込んでマスクして

寮長の前でわざとらしく咳をした

僕も君も風邪を拗らせて大変だと告げれば

さして疑問もなく「お大事に」と声をかけられる

……優等生で良かったと心の中で舌を出し

僕は寮を抜け出して講堂へ向う

ここまでは順調そのもの

…だから…

この冒険は成功したと思っていたんだ

・

何者の気配のない暗闇の中

駆けてきたせいで乱れた息を整える

一息ついて講堂の扉に手をかければ

いつも閉まっている筈の鍵は開いていた

音が出ない様に細心の注意をはらい

緊張感と高揚感をお供に中へ入る

明り取りの窓からほのかな光

天鵞絨が微かに揺れる様に君の名前を呼ぶ

君の名前が反響してやがて広がる静寂

僕は足音を忍ばせながら

いつもの様に舞台に上がり天鵞絨を捲る

君の姿は見当たらないけど

梯子の先からぼんやり灯る明かりが見えた

ただでさえ高いのに

それに暗さが加われば、恐怖しか感じない

それでも僕は梯子に足をかける

一歩一歩上がる度にぼんやりしていた光は

輪郭を鮮やかにして手招きをする

登り切って顔だけ出した僕の頭に

乗せられたのはシルクハット

そして口元へ転がるのは琥珀糖


・

(5)→←(3)

→ 目次へ｜作品を作る｜感想を書く
他の作品を探す