2話 ページ2
数日後、私は家を離れ、煉獄家にほど近い屋敷に移った。
箪笥や釜など、生活に必要なものは全て用意されていたが、私にはどれもおままごとのそれに見えた。
電灯を点けると、ジリッと音がして埃の焼けるような臭いがふわっと漂う。
杏寿郎さんはまだ来ていないようだ。
私は、部屋を一つ一つ見て回る。最後の部屋は、寝室と思しき部屋だった。
『……。』
他の部屋と変わらぬ新築の清潔な木材の匂い。だが、真新しい畳の艶さえぬめっと湿っぽいものに見えて、私は顔をしかめ、早々にその部屋を出る。
ガラッ
玄関から、扉の開く音がする。
『……杏寿郎さん。』
「A殿、先においでだったか!迎えに行こうかと思ったが、入れ違いにならず良かった!」
先日と変わらず、ハリのある声で杏寿郎さんは言った。まるで変わりのない様子に、私は苛立ちを覚えた。顔合わせの日の言葉に、私がどれだけ囚われていると思っている。
「その部屋は?」
杏寿郎さんは、私が出てきた部屋を指差して問うた。襖が開いている。
『……寝室です。』
「そうか!ではそこは、A殿が自室として使ってくれ!」
『何故です?
杏寿郎さんは他のお部屋で休まれるということですか?』
私は少し語気を強めた。
「当然だろう!
結婚前の男女が同じ部屋で寝起きするわけにもいくまい!」
『ふざけるのもいい加減にして!』
私は、我慢ならなくなり、つい怒鳴り声を上げた。杏寿郎さんは、不意を突かれて目を丸くする。この人と話していると、こちらの声まで大きくなる。
『あなたも本当はお分りなのでは?
こんなおままごとみたいな屋敷まで用意して……、
祝言を待たずに、さっさと子どもを作れということです。』
杏寿郎さんはほんのわずかに眉を動かした。表情はほとんど変わっていないのに、私は杏寿郎さんが苛立っているのを察した。
「なるほど、A殿は自分で選ぶことはしないということだな!
決められた相手とその子の家を守る、それを義務として遵守していくと!」
『そうよ、あなたが、その意思に関わらず、命を賭して鬼狩りの役務につくのと同じ。
ねえ、私が他の道を選んだらどうなると思う?
私の妹が、首をすげ替えるようにこの屋敷に来るだけ。
あなたが何か選ぶことを、あなたの父上は許すかしら。』
杏寿郎さんは、無言で居間のほうへ歩いて行った。脳裏に、寝室の畳のぬめっとした色が浮かび、私は吐き気を催した。
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やも - 冨岡夢の作品を読んでこちらも拝見させてもらいました。やっぱり文章が綺麗に洗練されていてとても好きです!素敵な作品ありがとうございました。 (2020年5月7日 14時) (レス) id: be623916d5 (このIDを非表示/違反報告)
イトカワ(プロフ) - Rさんさん» コメントありがとうございます〜!変な文章どころかありがたい文章です…今のところ続きは書いてなうのですが、書くことがあればこの小説にリンクでも貼ろうかなと思ってます! (2020年4月15日 21時) (レス) id: 218c4f48c9 (このIDを非表示/違反報告)
Rさん - 完結おめでとうございます!コメントするの初めてなのですが変な文章になってないでしょうか?とても感動しました!続きなどあれば是非教えて下さい!素敵な時間ありがとうございました (2020年4月15日 14時) (レス) id: f96fb724ca (このIDを非表示/違反報告)
イトカワ(プロフ) - 炎さん» 一気読みできるテンポを狙って書いていたので、コメントうれしいです、励みになります!読んでいただいてありがとうございました! (2020年3月30日 15時) (レス) id: f96b77b227 (このIDを非表示/違反報告)
イトカワ(プロフ) - ss好きの923chanさん» ありがとうございますー!読んでいただけて嬉しいです。また思いつけば短編でも書こうかなとは思ってます! (2020年3月30日 15時) (レス) id: f96b77b227 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:イトカワ | 作成日時:2020年3月27日 23時