曇らせた ページ5
…今も、鮮明に、はっきりとクリアに思い出せる。幸せそうに綻んだ笑顔も、赤く染まった頬も、「嬉しい」と呟いた柔らかな声も、触れた唇の感触も、すべて覚えているのに、目を瞑ればこんなにもアイツが浮かんでくるのに、手を伸ばしたら届きそうなくらいなのに、なのに。
…俺の隣にもうアイツは居ない。
…あの笑顔も傍にはいない。
…手を伸ばしたって、俺の手は空を切るだけであった。
…幸せだった、恍惚の日々に浸るように、俺は目を伏せていた。目を開くと、そこにあったのは綺麗に磨かれた窓ガラスと、その向こうにある見慣れた景色と、窓ガラスに映った立ち尽くす俺だった。当然そこに、Aの姿はない。
『晋助!』
『ねぇ晋助聞いてる?』
『……晋助ってば』
『……晋助』
……いつから、間違ってしまったのだろうか。俺達は、俺達の道はどこから別れてしまっていたのだろうか。あの時、今はもう失ってしまったあの時は、確かに俺とAの道は同じはずだったのに。一つの道を、踏み外さずに、歩幅を合わせて歩けば、ずっと先の未来を、二人で生きることも出来たのに。
……いつからか、少しずつ、俺とAは離れていって、気づいた時にはもう、手を伸ばしても届かない距離にいた。もう、遅かった。
『……さよなら』
……どうして、こんなことになったのか。あれから俺は女々しくも何度も何度も考えた。仕事の合間、車に揺られている時、窓の外を眺める時、眠りにつく時。暇さえあれば俺は同じことばかりを頭に巡らせている。けれど、辿りつくのはいつだって、同じ答えだ。
……俺が、悪かったのだ。
……社長という立場もあって、仕事で会えない日も多かった。付き合い始めた頃は、まだ余裕があったのに、時が経つにつれ、その仕事が気流に乗り、忙しくなっていった。あまり、Aにも会えなくなっていった。連絡もまともに取れない時だってあった。たまに会えても、すぐに仕事が入って戻ったり、あまり相手に出来ないこともあった。
『……寂しい、から』
……だからAは、俺から離れていったのだろう。
仕事がどうだとか、そんなものは関係なしで、『寂しい』思いをさせてしまったのは、紛れもなく俺だ。どんな理由があろうとも、Aをあんな面にさせるまでに追い込んだのは、俺なのだ。
『……晋助って、これから呼んでも、いい?』
……あの時の、あの笑顔を曇らせたのは、俺なのだ。
…窓に額をコツ、と当てる。見下ろせば、Aが見つかるような気がしたが、そんなことは、あるはずもなかったのだった。
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ピピコ(プロフ) - 返信が遅れてしまいごめんなさい!!すずさん!ありがとうございます!高杉さんオチ現パロということで、難しいところもたくさんありましたがそう言って頂けるなら書いて良かったなと心から思えます!こちらこそ、素敵なコメントをありがとうございました!! (2018年4月11日 15時) (レス) id: f6c7f9fb7e (このIDを非表示/違反報告)
すず(プロフ) - あああああ!!ほんとにキュン死しそうでした!!(〃ω〃) 素敵な作品と私を出会わせてくれて、ありがとうございます!! (2018年3月21日 4時) (レス) id: 243c6c39f4 (このIDを非表示/違反報告)
ピピコ(プロフ) - 紫音さん» 紫音さん!ありがとうございます!!感動して頂けましたか…!?切なく甘く、を目標に頑張りました!!初めての高杉さんだったので、試行錯誤しながらでしたが、お楽しみ頂けていたなら嬉しいです!!最後まで読んでくださり、ありがとうございました!! (2017年11月24日 23時) (レス) id: 0ec549c041 (このIDを非表示/違反報告)
ピピコ(プロフ) - 月猫さん» 月猫さん!いつもありがとうございます!叫びたくなりましたか…!初めての高杉さんのお話で、うまく書けているか不安しかないのですが、お楽しみ頂けたなら幸いです!また高杉さん書けたらいいなと思ってます!最後まで読んでくださり、ありがとうございました! (2017年11月24日 23時) (レス) id: 0ec549c041 (このIDを非表示/違反報告)
紫音(プロフ) - 完結おめでとうございます!とっても感動しました! (2017年11月24日 5時) (レス) id: b88bd76db6 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:ピピコ | 作者ホームページ:http://uranai.nosv.org/u.php/hp/pipiko1030/
作成日時:2017年8月24日 16時