三月七日 坂口安吾との邂逅1【友人M・Iリクエスト】 ページ19
「君が、安吾だね?」
書類整理をする安吾の前で、弥生は腰に片手を当てて云った。
もう片方の手は首から下げられた白い布に包まれ、指先しか見えない。
先日まで此の黒社会で起こっていた、龍頭抗争で負った傷である。
最初は只単に骨にひびが入っただけであり、マァ弥生ならばと二週間の安静を云いつけられたのだが、一切気にせず抗争の中を走り回ったら、骨が折れるまでの大損害に至った怪我だ。
黒社会史上最悪と謳われる程の抗争なのだから、遊撃隊隊長である弥生に安静を命じた時点で医師の判断失態なのだが。
莫迦々々しい理由で出来た、莫迦々々しい怪我である。
抗争後、新しく出来た部下に莫迦じゃ無ェの?みたいな目で見られていたが、気にしない。
安吾は、書類から目を上げずに答える。
「そうですが、其れが何か?」
カサカサと音を立てて、書類が捲られていく。
時々サラサラと筆が走る音が、別に書類を捲っているだけでは無いのだと示していた。
其の傍らに積まれた白い紙の量に、弥生は顔を顰める。
「うへぇ。なァに此れ?落書帳の白紙の頁?其れとも報告書?」
「何方でもありませんし、前者に至っては貴女の願望ですよね?」
安吾がちらりと丸眼鏡の奥から弥生を眺め、小さく息を吐く。
弥生はコテリと首を傾げ、不思議そうに珍しく両方開いている目を瞬かせた。
暫しの間、筆が走る音と、紙同士が擦れ合う音が狭い部屋の中に響いていた。
真っ黒な両目を、其の時間内だけで二、三回隠しては晒し、弥生は静かに待っている。
彼女は騒がしく、偶に面倒臭くなると何時も傷だらけの青年から聞いたが、今は借りてきた、若しくは新しい場所に来た猫の様だ。
否、マフィアの狗だと聞いたし、其の瞳を見る限り、新しい場所に来て目を輝かせる犬か、と安吾は一人納得する。
半分程終わった頃合いで、安吾はパサリと紙を置いた。
自分の目の前でソワソワと静かに待っている弥生を少し厳しく睨みつける。
「何ですか、貴女。僕は今仕事中なのですが。」
「私だって仕事中だよ。」
ヒラヒラと手を振りながら、弥生はニッコリと笑った。
三月七日 坂口安吾との邂逅2→←三月六日 彼女は目を見開いた後、ゆっくりと其の名を口にした(友人M・Iリクエスト)
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作者名:永魔堂 | 作成日時:2018年11月11日 19時