煩悩七 ページ8
手をこまねいて男を誘う女達。
艶めかしく光る提灯の緋い灯火。
ここは江戸の地下深くにある遊郭、吉原桃源郷である。
だが勿論女を買いに来たわけではない。ある顔見知りの依頼である。
今はその帰り道。開いた天井からは真っ暗な闇が見えて、もう夜になっていることが分かった。そこを開けた時は従業員も一緒だったのだが、場所が場所なので子供達は置いて来ている。
でも今頃は、なんて思う。
本当は今日、今頃の時間は土方とイチャイチャしていたのに。会いたい。触れたい。
ーーでもまあ、アイツはそんなこと思っていないと思うけど。
私と仕事、どっちが大事?なんて重いセリフを言うつもりも無いが、やはり辛いものだ。だからいつか、あっちもそう思ってくれたらな、なんて。そんな事がここ最近の切なる願いでもある。
と。
そんな事を考えていると、三軒ほどの距離を置いた雑踏の中に、見覚えのある隊服が目に入った。漆黒のそれはこの色気立つ空間に酷く不似合い。
一体こんな所で誰が、とその顔を見ると。
ーー今、会いたいと願っていた男の顔で、思わず足をピタリと止めてしまった。
何をしているんだと、遠くからでよくは見えないが、遊女からの誘いを断っているようだ。数人集まっているので、大層モテているらしい。
不意に、ふっと男が遊女達に向かって微笑った。
あ。
その瞬間、どろどろとしたどす黒いものが自分の奥底から湧き上がって来るのが分かった。
これは怒りだろうか、嫉妬だろうか、それとも、悲しみだろうか。
今の自分には、到底正しい答えを導き出せるとは思わない。
ただ、鼻の奥がつんと、いたくなった。
嘘だろ、とやっぱりなっていう気持ちがせめぎ合った。
そして何故かその時、鐘の音をどうしようもなく聞きたかった。
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作者名:シチ副長 | 作成日時:2018年1月4日 19時