煩悩二 ページ3
「なあお前、今何時だと思ってんの?」
「……は、」
声をかけて中に入ろうと敷居をまたいだ途端、そんな言葉が正面から聞こえた。
予想だにしない言葉に、聞き間違いか、と思い顔をあげると廊下とリビングを仕切る引き戸に、その男ーー坂田銀時が体をもたせかけていた。
ソイツはいつものように白い着流しを着ているが、相変わらずその表情は飄々としていて読めない。でもその瞳には軽蔑の色がはっきりと映っていて、今言われたことが聞き間違いなどではないことが分かった。
きっと関係を持つ前でも向けられたことのない、その冷たい瞳に体は思わず竦む。
……怒っている。それも今までないくらいに。この男は。
「だから、今何時か分かってんのかって聞いてんの」
今何時か。もしやコイツは俺が遅れたことに対して怒っているのか?そんな冷えた目を向けるくらいに?そんな必要は無いだろう。
だって、だってそんなモン、
「……今更じゃねーのか」
いや違う、と言ってから思い直す。
これが普通の反応なんだ。毎度毎度、断りもせずに遅れたり、挙句の果てには行けもしなかったり。考えれば何も今更なんかじゃない。
そんなことがやっと分かった事が悔しくて知らず顔が俯く。素直に悪かったとは自分の性質上言うことなど出来はしない。
「ハァ?今までどれだけこっちが我慢して来たと思ってんの。いい加減こっちも限界なんだよ。そっちがそんな態度取るんなら、」
そうだ。コイツは今まで我慢していたんだ。俺が悪いんだ。仕事を言い訳にして恋人と会わないなんて、愛想もつかれるくらい放っておいて。何が恋人だ、何が好きだ、こんなん、
セフ レと変わらないじゃないか。
「……いや、今日はもういいわ。帰ってゆっくり休んどけ」
その言葉の後にパタンと引き戸の閉じる、音がした。
それを最後にシンと静まる。引き戸の奥からも何も聞こえ無かった。
「くっ、そ……」
ああもうなんだってんだ。
見慣れている筈なのに、全然違うその冷えた空間が酷く堪らなかった。そこから視線を逸らすように振り向くと三和土から飛び出す。ガチャンと乱暴に戸をひく。途端泣きたくなる気持ちがぶわっと一気に広がって。
あとはもう、溢れないように、必死で来た道を走った。
いろんな感情が入り乱れている。だが俺は、行きと全然違ぇな、と自嘲することしか出来なかった。
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作者名:シチ副長 | 作成日時:2018年1月4日 19時