2 文豪グルメ 短編集【文スト】

梶井基次郎　檸檬パイ【月瀬様Req.】 ページ33

「めれんげ？」

「卵白を泡立てて出来る、ふわふわのクリームです」

「あぁ成程、水以外の分子が多く含まれているからこそ、周りの水分分子の表面張力が弱くなり、泡立つのですな！」

「なんて？」


　興味津々に、子供の様に、此方を観察してくる梶井。


「オボアルブミンの空気変性によりきめ細かさを出す！蛋白質の美しき結合と分解！宇宙大元帥の偉大なる創成！」


　何を言っているか解らないが、料理の科学的な解説は、聞いててかなり面白い。

　Aは笑いながら冷蔵庫から冷やしていたパイを出し、そのメレンゲをのせ、粉砂糖をかけ、オーブンに入れた。

　十分待つ。


　待っている間、紅茶を運び、


「ほらほら、梶井君」


　青色の紅茶に檸檬を絞れば、忽ち濃い桃色に変わり、うは！と彼は興奮した。


「A殿！もしやその茶葉の色素はアントシアニンですかな！？」

「え、あ、多分！」


　梶井の話は本当に飽きない。
　反応もいちいち良くて、だから彼と過ごすこの時間は、とても楽しい。


　オーブンが鳴った。取り出し、粗熱を取れば、完成である。

　切り分け、皿にのせると。

　たっぷりのメレンゲ、ホイップクリームにスポンジ、レモンムースとレモンカード、そしてパイ生地。

　綺麗な層に、心が踊る。


「ほっほぅ！美しき断面！正に生命の歴史！宇宙空間におけるヨットの帆！」

「上手く出来て良かったー」


　全ての檸檬料理を、梶井は謎解説・賞味してくれて。

　食べる塊が大きくて。
　その度の反応も大きい。


　嬉しさも、大きくなる。


　クッキークラムで固められた背、甘酸っぱい香り。
　全ての層を一緒に食べれば、

　軽い食感とザクザクのパイ、仄かな甘味と酸味、柔らかく溶けていく、檸檬パイ。


「美しき究極の幾何学、更なる実験成形物……A殿は唯一無比の篤学者ですなっ」


　サクリ、


「料理を斯様に味わったのも、他人と居て気分が高揚しているのも我が初の作用！」


　音の後に。


「一体、私のこの動機付けにおける原理は、何なのだろうかねえ？」


　？？？

　何故、そんな質問をして来たのか。
　もしやこの人、意外と解りやすい？


「原理は」


　耳元で、囁いた。


「檸檬、とか？」

「はて？」


　初めての感覚と、現象に。


「実験、してみる？」


　初めての、仮説。
　初めての、反応


　檸檬の香り。


　速くなる鼓動。
　上昇する体温。
　不安定な呼吸。

　
　その、実験結果は――

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