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「学籍番号805C393」
Aサンは早口にそう言った。データを読み込んでいるような機械的な口調が、少し怖かった。
「ハルトさんですね」
「…………はい……」
「はじめまして」
そう言って、Aサンは黒いグローブに覆われた右手を差し出してきた。光沢のある革のグローブは、謎に包まれた彼女の存在そのものを表しているかのようだ。
「私、Aです。ここをお借りしてテラスタルの研究をしています」
「はじめまして……」
手を出して握手すると、その感触は柔らかい肌ではなかったし、人間の体温も感じられなかった。ツルツルとした革の感触。そして、冷たい。
「ここでは大きな声でお話ができませんね。 誰にも話を聞かれない秘密の場所、ハルトさんは知っていますか?」
「あ、えっと、すみません。ぼくは最近転校してきたばかりなので」
「そうですね。失礼しました。私は知ってます。ここの……アカデミーの、生徒だったので」
*
「いや〜良かったです。旧館は相変わらず使われていないみたいですね」
慣れたようにAサンが旧館の廊下を歩いていき、それにぼくはついていく。
旧館は基本的に立ち入り禁止になっている。老朽化が酷いというわけでもない。にも関わらず立ち入り禁止なのは、使われていない場所で生徒達がふざけて荒らしたりしないようにするためだろう。
「……あの……Aさんは、学生の頃もここへ?」
訊ねたと同時に、Aさんが奥の部屋のドアを開けた。
すると、ザアッと音を立てて強い風が吹き込み、思わず目を瞑る。
しばらくして目を開けると、奥のドアの先に設置されていたのはベランダで、そこからはテーブルシティのもっと先まで一望できる。
「ん〜。気持ちいい」
ベランダの柵を両手で掴んで、Aさんが顔を突き出した。まとめあげられた後ろ髪は動かないが、前髪は風で揺れている。
「さっき、私と一緒にいた人はグルーシャ。パルデア地方に八人いるジムリーダーの一人で、その中でも最強と名高い氷タイプの使い手です。彼も昔はここの生徒で、私の唯一の友人でした」
ふと、ベルトから提げられた六つのモンスターボールが目に入った。グルーシャさんが、唯一の友人だったとこの人は言った。……では、このポケモン達は? どうだったのだろう。
「独りのときはここに来て、自問自答を繰り返した。でも答えなんて見つからなくて、私は結局、答えを探ることを諦めました」
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作者名:昆布の神 | 作者ホームページ:http://uranai.nosv.org/u.php/hp/fullmoon721/
作成日時:2023年2月25日 23時