第十八話 ページ20
少女のシンプルすぎる妄言のようなものにも、杉元さんはにこやかに言葉を返す。
「俺は杉元ってんだ。お嬢ちゃんは？」
「あたし『オソマ』」
「うんこだろそれ。バカにしやがって」
「本当だ。その子はオソマと呼ばれてる。」
アシリパさんの弁解を聞いて二人で目を丸くする。
「え…、なんか別に意味が込められていたりでもするんですか？」
「いや、私たちは赤ん坊に病魔が近寄らないよう汚い名前で呼ぶんだ。6歳くらいになって性格が出てきたり、その子が起こした出来事などにちなんでちゃんとした名前をつける。」
「へえ、じゃあアシリパさんの名前も最初は違ったんですね。」
「アシリパさんは何て呼ばれてたんだ？」
興味があるので杉元さんが質問すると、彼女は得意げな顔で答えてくれた。
「エカシオトンプイ。『祖父の尻の穴』だ！」
「そりゃ病魔も逃げ出すわ」
くだらない会話を続けていると、お婆ちゃんが子熊に瓶で何か飲ませているのが目に入る。その横からオソマと村の子供が横から覗き込んでいた
「子熊には何を飲ませるんですか？」
「肉汁と米汁を混ぜたもの」
静かにそれを飲ませる子熊は大人しく、あの凶暴なヒグマの幼少時代とは思えないほどである。
「こんな可愛い生き物があんな怪物になるとは信じられんなぁ」
「三年もすれば母親と同じくらい大きくなる。」
「やっぱり人間と違って成長の速さがすごいですね。たった3年かあ。」
3年前は私はどうだっただろうか。幼い頃に身長が伸びきってしまって、ここ数年は伸びていない。もしかしたら見た目もほとんど変わっていないかもしれない。
「アシリパさん、子熊に触ろうともしないけど苦手なのか？」
「べつに…杉元もあまり可愛がると情が移るからやめておけ」
「…………」
よく聞く話だが、農業の道に進もうと思った若者が、家畜を育てている間に愛着が湧いてしまうという。最終的には家畜が殺されてしまうが、その時に心にかかるダメージが尋常じゃないのだ。だから家畜を育てるものは、あまり感情を込めすぎないようにしなければならない。
この子熊は家畜ではないが…
「こいつは大きくなったら山に帰すんだよな？」
「いや…私たちの伝統儀礼で神々の国へ送る」
「神の国…？」
彼女には、かつて弟のように可愛がっていた子熊がいたと言う。愛着が湧いてしまって、一人で山に帰そうとして怒られたと言う。
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作者名：ほほいほい | 作成日時：2021年8月26日 23時
