【ヒプノシスマイク短編集】惑溺

59.人格のパラドクス(飴村乱数) ページ11

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見上げると空は今日も濁っていた。ずっとこれを繰り返している気がした。惨憺と浮遊だけでできているこのからだは、数多の罪を重ねてもなお、愛という享楽に勝る甘美をまだ知らない。あれほどきもちいいことはない。にせものでも本物でも。あまい香りで釣って浴びれば中毒になって、そんなもの目には見えないのにね。「愛している」ということばを聴いて、そういってさわるボクの指先をみんな信じないでね、とか、思う。
ああ、さみしいな。Aにはやく会いたい。それでただしいきみのような人間になりきれない自分をかわいそうがって眠りに就きたい。きみに頭をなでてもらえたなら、ボクはうれしくて眠れないかもしれないけれど。

ふたつめの家のドアを開けると、ひどいにおいがしたので急いで窓をあけて換気する。「ああ、もう、死んでからも手間かけるなんて、メイワクだなあ」とひとり漏らしたけれど、どうにも静かでボクはいよいよ参ってしまう。

何もないこの家は、人殺しのための家。だからここには少しのたばことごみ袋、手袋、それといっぱいのAちゃんのデータとだけしかない。それなのに、もうすでに腐敗が進んでいる死体と部屋にいると、さすがに気が滅入るなあと思った。
スマホにはいっているAちゃんの笑っている写真を見た。スクロールしてはボクまで笑顔が伝染する。恋って魔法みたいだ。きらきらしているのに、ふれるとどろどろまとわりつく。いとおしいのににくい。恋愛的二律背反をいつだって背中にしょっているのに、だあれも知らない顔をして街を歩き回るんだ。「アハハ、おっかしー。」人間は異常だ。いきものの中で一番のうそつきだ。それが大好きでたまらないボクはもう、ヒトというにはあまりにも、罪と偽りの愛を覚えすぎているように思う。

「ボクには人を殺す権利があるんだよ。それは生きている人間全員が所有しているもので、だけど目には見えないものだから、それに気づく人は少ないままでいられる。だけどボクは違う。ボクはもう愛に狂っているけものだからそれに気づくことができた。それを知って、かんじて、ふれて…そしておまえは、ボクに殺されるという権利があった。いいや、殺されるという義務かな………あああ、はやくかたづけなくっちゃあな。Aに、お掃除がんばったねって、ほめてもらうんだあ」

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