【ヒプノシスマイク短編集】俗悪

45.ECTOPLASM(碧棺左馬刻) ページ46

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「どこにもいくなよ」
俺の声は虚しい。「しょうがないな」と笑うおまえの声が愛しい。如何せんサディスティックなその笑みは、俺のこころをどうにも湿らせる。冬から隔絶された人工のあたたかい空気は、届かない愛を思わせた。
一生こうしていたい。本当は一生じゃあ足りないくらいの不安定な罅われた器。それにいくら液体を注げど、無数の軋みから逃げていって結局ゼロになる。さびれた風に吹かれ、案山子のようにわずかに揺れて、俺たちは生きていく。窓も扉もなければいい。風も吹かなければいい。A以外なにも無くていい。そう思って繋いだ手に力を込める。
ああ、手のぬくいおまえは心が冷たいんだろうな。
Aが明日なんかに焦がれるからいけない。未来は無いのだと教えてやりたい、間違った未来しか無いのだと。俺たちはそろって地獄へ行く。じゃなきゃ、俺たちの罪は誰が裁くんだ。

「なあ、」
「わかってるよ。」
Aは俺に、煙草を咥えるときのような、簡素なキスをした。それをされるたびに俺は苦しくて、死にそうになる。(おまえは何もわかってないんだ。俺がどんなにおまえのことが好きか。どうしておまえを必要としているか。何を欲しているか。なにもわかってねえ、ずっとだ！)
きょうも死にたい。おまえだけと一緒に死にたい。それで地獄へ行って、抱きしめあって、おまえが血まみれになりながら好きだよと言って、俺はきれいに笑って、赦されたい。
科はきょうも消えない。

ブルーモーメントの少しの間だけはなにも知らないフリがしたい。だから俺は何も言わなかった。そうやって喉の詰まるほどの言葉たちが、俺たちをなにひとつ許しちゃくれない。痛かった。ちらちらと増えてゆく、光どもが俺の内心をえぐる。触れようとするともっと苦しくなるんだ。Aは目を細めるばっかりで、何も感じない。本当なら知らなくてよかったはずの感情が、俺のなかに生えちまって、あちこちに根を伸ばして、なにもかもからめ取る。おまえに差し出す為に。
夜が明けなければいいと思った。その愛という執着は、明るい光に照らされるとひどく痛む。その愛という病気は、暗い夜にずっといたいと言うんだよ。(おまえは俺のことを、本当は…)俺はまた言わなかった。言えなかった。
不毛でしょうがねえこのおままごと遊びと、不確かな終焉の幽霊を俺は振り払う。
夜とともにいなくなるAは、また、俺にあいしてるとうそぶいた。

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