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1.月面(神宮寺寂雷) ページ1

月面

月が、まるで自らの存在を尊大化するかのように煌煌と照っている。
揺れる眼前の女は、その影に美しく象られて、ただ地面に落ちるのみ。すると、不意に月光が彼女の睫毛を眩く照らした。わたしはあんまりその姿がクレーの絵じみた陰鬱さに思えて、都合よく吹いた夜風とともに俯いてしまう。黒猫が、細い瞳孔で遠くからわたしを見つめた。

「せんせい。」

女の、Aの、呼ぶ声が只管に輝きを持ちながら這うように近づいてくる。わたしはそれに対してぼんやりとした執着に似たものを感じた。

「なんだい」
「愛してるってどう言う意味?」

わたしは思いもよらないその質問に困ってしまって、喉を濁らせる。愛してる。その言葉を思うたびに、月が、赦さないと言わんばかりの眼(まなこ)でわたしを見ているような気がしてきて、怖気がする。

「そうだね。」
わたしは考えるふりをして、ただ只管に月に赦しを乞うた。何故か。わたしの心臓の雑音のなかで、愛は悪なのだと、そう叫ぶものがあったからだ。
ものを愛するのは間違っている。何故か。わたしは考えもしなかった愛という悍ましいこころの存在に幾分か、無意識のうちに、畏れを抱いていたのだ。

Aがわたしに見せる気持の名に。
わたしがAに隠す感情の意味に。

「あはは、せんせい。わからない?」
彼女は鈴のような声でからから笑った。背後の月面が蠢いた気がした。正と歪の境界線がとろけて、星もない空に溶けていく。新宿の夜は、妙に罪深い。並ぶ灰色のビルの隙間に吹く生暖かい風が、Aの髪を揺らした。
わたしを構成するすべてが須く、風に揺られた。その1秒は月とよく似ていた。

「愛は、精神疾患だよ。」
「それって、病気?」
「ああ」
「なら、わたしはせんせいを愛してるよ。」

Aと黒猫は同時に笑って、黒猫のほうだけいなくなった。舌を鳴らしても、もう寄ってこないだろう。橙の灯りでちらと見た腕時計では、もう午前3時をまわっていた。

2.スプートニク幻夜(夢野幻太郎)→



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タメィゴゥ - めちゃ面白かったです!ド好みです!ありがとうございました! (2019年12月23日 18時) (レス) id: 98d1675711 (このIDを非表示/違反報告)
43沿い(プロフ) - タメィゴゥさん» リクエストありがとうございます!そういうのめちゃ好きです!遅くなるかもしれませんがサマトキ了解しました! (2019年12月4日 1時) (レス) id: 8c7ee14403 (このIDを非表示/違反報告)
タメィゴゥ - すみませんリクエスト良いでしょうか? もしよろしければ左馬刻様が夢主にでろでろに依存してしまい離れられないお話を書いていただけませんでしょうか? リクエストがもはやキャラ崩壊ですがよろしければお願いします。<(_ _)> (2019年12月2日 19時) (レス) id: 78b2b55a96 (このIDを非表示/違反報告)
43沿い(プロフ) - 林檎麻さん» こちらこそありがとうございます!!!はらいくうこうくん、了解しました!ちょいムズですね…がんばります (2019年11月6日 21時) (レス) id: 8c7ee14403 (このIDを非表示/違反報告)
林檎麻(プロフ) - いつも素晴らしいお話をありがとうございます…とっても好きです…愛してます…。リクエストでよかったら波羅夷空却くんをお願いしてもいいですかね…??応援してます…!! (2019年11月3日 2時) (レス) id: 5fe5e3438d (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:43沿い | 作成日時:2018年8月31日 0時

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