ep142 ページ1
立ち尽くした私の手からするりとグラスが抜け落ち、砕け散った。
――自分で、自分の記憶を消した……?
そんなこと有り得るのか……?
床に崩れ落ちた私は散らばった硝子の上に手を着いた。鋭い痛みが走ってふと見れば、どくどくと溢れ出す生温かい血液。
それを見詰め乍ら私は気が付いたのだ。“自分で記憶を消した”――――それを聞いて何処か納得している自分に。
ドストエフスキーに記憶を消されたのであれば、先代が態々その記録を消す必要は無かった筈だ。
記録の一冊目、その発端を隠さなければならなかった理由。それは一概に私に自身で記憶を消したことを思い出させない為。記憶を取り戻させない為。おそらくそれが先代の意思だ。
「……何があった」
声がして我に帰れば、芥川さんが私を見下ろしていた。
そうか、あの靴音は芥川さんだったのか……。
私は俯いた侭、声を絞り出した。
「侵入者に……逃亡されました。特徴は白い外套に……長い三つ編み、道化師のような姿の――」
だが、グイと強く引かれた腕によって言葉は遮られた。
「愚者め……その様なことを聞いているのではない。首領に手当てを頼むぞ」
珍しく動揺の色を匂わせた彼はその侭私を招宴会場へと連れ戻した。
そして首領の処まで引いて行くと、掴んでいた私の腕を首領に見せる。
「…………先ずは手当てをしよう」
一瞬、目を見開いた首領だったが直ぐに私を伴って医務室へと向かった。
鼻腔を刺激する薬品の匂いが溢れた部屋で首領は整然と手当てをしていく。
「……侵入者と鉢合わせました」
首領は何も云わず包帯を巻き続ける。
「死の家の鼠です」
一瞬、包帯を巻く手が止まった。
「この怪我はその侵入者が……?」
「……いえ、侵入者は私に傷一つつけてはいません」
怪我は全く以って私自身の落ち度だ。
「……何をそんなに惧れているのかね」
そう云われてやっと、包帯を巻かれている手が震えていることに気が付いた。
何を惧れているのか――――その問いを反芻して口を開いた。
「私の記憶を消した犯人が判ったんです」
首領は今度こそ包帯を巻く手を完全に止め、私の目を見据えた。
「……何者かね」
目を瞑り、深く息を吸った。そして云う。
「私です」
私が惧れているのは私だ。
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ギラッフェ(プロフ) - こゝろさん» はじめまして。コメントありがとうございます!応援とっても嬉しいです!これからも宜しくお願いします。 (2018年12月23日 17時) (レス) id: b3908f46f3 (このIDを非表示/違反報告)
こゝろ - とっても面白いですね!これからも頑張って下さい!更新楽しみにしております!…あの、ドストエフスキーの一人称は「私」ではなく『ぼく』ではないでしょうか? (2018年12月23日 10時) (レス) id: 383b340c0d (このIDを非表示/違反報告)
ギラッフェ(プロフ) - かなさん» コメントありがとうございます。お読みになりましたか!そうですよね、共有せずにはいられないほど衝撃的ですよね……。そろそろ更新しようと考えておりますので是非お待ち下さい。 (2018年12月17日 20時) (レス) id: 78a130b852 (このIDを非表示/違反報告)
かな - 新刊読みました!!ヤバかったですね??この先の小説の続きも気になります!! (2018年12月17日 0時) (レス) id: 5a88057d9b (このIDを非表示/違反報告)
ギラッフェ(プロフ) - あやなさん、はじめまして。思いの込もったコメントをありがとうございます。こんなにも熱い応援をしてくださる方がいるんだと思うと胸が一杯になります。 銀魂の方も読んでくださってるんですね!本当に嬉しいです。これからも両作共々宜しくお願いします。 (2018年11月30日 17時) (レス) id: b3908f46f3 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:ギラッフェ | 作成日時:2018年8月14日 9時