happIness*2-7 ページ7
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知らない振りをするのは得意だった。
…こんなこと得意になったって何の自慢にもならないけど、
そうすることが物事に波風を立てないための手段だってこと、
長いこの世界での生活で気づいていた。
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そんなはずない。
だって、彼は毎晩ここに帰ってくるから。
愛されてる。
だって、キスを強請ったら当たり前みたいにしてくれる。
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「＿＿＿最近何か変わったこととかありましたか？」
「、」
「工藤さん？」
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ぼーっと目の前に座る白衣の男性から掛けられる言葉を聞き流していたら、
名前を呼ばれたのではっとした。
“1週間”という明確な数字を示したこの人のことを、
私はまだ“主治医”ではなく“他人”というカテゴリーのまま動かせないでいた。
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「…、」
「最近、何か変わったことはありましたか？
気持ちが沈んだり、反対に上がったりしたこととか」
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私は少し考えるふりをして、そのあとゆっくり首を横に振った。
ありません、と口をぱくぱく動かすと、目の前の彼は私の目と口を交互に見た後、
そうですか、とひどく落ち着いた声でそう言った。
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3日に1回のカウンセリングと称されるこの時間は、
私が書いた陳腐な言葉だけが並ぶ日記を彼がめくりながら、
質問をされたり、話を聞いたりする、意味があるようでない時間だった。
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“声はいつ出るようになりますか”
目の前にあったペンを手にもって、真っ白な紙にそう書いてみる。
つい、とそれを机を挟んで向こう側にいるその人に差し出すと
優しく笑いながら数回瞬きをして
「まずは、工藤さんの心が健康になることが大事ですよ」
と言った。
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心が健康に？
この仕事をしている限り、そんなことあるはずがないのに？
このカウンセリングがそれを目的にしているのだったら、
一切の意味なんてないのだ。
嘘ばかり並べられた日記に、偽りしか述べない患者。
心なんてどうだっていいから、声を出すためのリハビリをしてくれと言いたかった。
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この病院は事務所とつながっている。
だから私がここで何を言ったって、筒抜けなのはわかっていた。
だから私は、わかりました、と口を動かしてにこりと笑って頷いておく。
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裏口から病院を出て、手配していたタクシーに乗り込む。
マンションの近くの住所を告げようとして、やめた。
ケータイのメモ帳に住所を書き込んで運転席の男性に見せる。
その人は返事の代わりにうなづいて、車はゆっくり発進した。
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