退院 ページ3
入院してから数か月。入院生活も今日で終わるらしい。荷物をまとめ、退院の準備を終えた頃、神宮寺先生が僕の病室に入ってきた。
「準備は終わりましたか?」
『はい。…けど、家の場所がわからないです』
「それでは、私が家まで案内しますよ」
『ありがとうございます』
脚の骨も折れてしまった僕に先生は松葉杖を渡してくれた。歩くことが少なくなったとはいえ、数か月経てば松葉杖にも慣れる。最初はおぼつかなかったそれも今では完全に使いこなしていた。
すれ違うお世話になった看護師さんにお礼を言い、病院を出ると、神宮寺先生とシンジュクの街を歩く。
「どこか見覚えのある場所はありますか?」
『…わかりません。どれもあるようでない…そんな感覚です』
「そうですか…焦ることはありません、ゆっくり思い出していけばいいですよ」
『そう、ですね』
仕事の面では独歩くんに苦労を掛けてしまっているらしいから、僕としては早く記憶を取り戻したいと思っているけれど。
「ゆっくり思い出せばいい」と僕を元気づけるような言葉を吐いた神宮寺先生の表情はどこか寂しそうだった。
『…ここ、ですか?』
「はい。少しお邪魔しますね。家の中を案内します」
『ありがとうございます、助かります』
案内された先は、高そうなマンション。エントランスも隅々まで清掃が行き届いている。
そうして神宮寺先生に部屋まで連れて行ってもらい、リビング、風呂場、トイレ、寝室と室内を案内してもらった。そのうちに、僕の中にひとつの疑問が生まれた。
担当医とはいえ、ここまで患者の事を把握しているものなのか…?
「…?」
『いえ…なぜ僕の事をここまで知っているんだろうと、少し疑問に』
「ああ、そういうことでしたか。記憶を失う前、私と君はお友達だったんですよ。一二三くんや独歩くんと共にお家で夕飯をご馳走になることも多々ありました。だから、君の事はよく知っています」
『…そうなんですか。教えて下さり、ありがとうございました。…それと、疑うようなこと言ってすみません』
「いえいえ。記憶をなくしているんですから、不安になって当然です」
記憶。なんとなく思い出したくないような気もする。けれど、色々と協力をしてくれる…麻天狼、だっけ。の三人には感謝しかない。
神宮寺先生とお茶を一杯飲むと、玄関で神宮寺先生にお礼を述べた。
『お世話になりました』
「ふふ、お大事にね。それでは、失礼します」
玄関で綺麗に一礼した神宮寺先生の背中を見送った。
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作者名:眠兎 | 作成日時:2022年3月21日 12時