雪降るドイツの探偵卿 (ページ42)

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革のハイヒールページ42

ロミルダさんにお礼を言ってから、事務室を後にする。
　ユスティンさんの様子がおかしいというのは、有益な情報だった。おそらくユスティンさんは学芸員として館内の何処かにいるだろうから、作品を鑑賞しがてら探してみよう。

　人ごみの中をすり抜け、再び『アオローラ・グリューエン』の展示室へ向かった。しかし、ユスティンさんの姿はない。宝石の周囲に張り巡らされたロープの近くに、屈強な警備員が並んでいる。彼らならユスティンさんの居場所を知っているとは思うが、声をかけづらく逡巡していると、その中に見覚えのある姿が見えた。

　中肉中背の、これと言って特徴のない警備員。強いて言うのなら、帽子を目深にかぶっていることが特徴か。わたしに事務室の場所を教えてくれた、あの警備員さんだった。
　他の警備員に比べて険のないあの警備員さんになら、話しかけやすい。
　これ幸いと、警備員さんに話し掛けようと近付いた時だった。

「わっ！」

　向こうから歩いてきた人にぶつかり、尻もちをついてしまった。＿＿＿その拍子に、深々と被っていたフードがはらりとめくれる。
　露わになった、奇怪な色の髪と瞳。周囲の人々の脚がピタリと止まる。わたしをじっと、見降ろしている気がする。

　＿＿＿ざわ、ざわざわ

　手のひらに、じっとりと嫌な汗が出てくる。うつむいたまま、顔をあげられない。フードを被り直さないと、と思っても、腕が上手く動かない。
　落ち着け。そう自分に言い聞かせて、ゆっくりと呼吸をする。
　大丈夫。他人は、想像以上に他人に無関心だ。平常心で行動すれば変に思われない。

　なのに、身体は動かない。最近は不特定多数の人に会うことがなかったから、いつもよりも免疫力が落ちているんだ。……ああ、どうしよう。泣いてしまいそうだ。
　目を、ぎゅっと閉じる。

「ごめんなさい、痛かったでしょう？」

　突然掛けられた親切な言葉に、一瞬びくりと震えてしまう。
　そっと、伏せた目を開けると、そこにはあの革のハイヒールがあった。
　驚いたわたしは、その人を見るため、顔をあげようとした＿＿＿。

　ふぁさっ

　めくれていたフードが丁寧な仕草で持ち上がり、わたしの髪を優しく隠した。

「これでいいかしら？大丈夫よ。誰も見ていないわ」

　ゆっくり、顔をあげる。
　座り込んだわたしと同じ目線にしゃがんでいるその人は、短い茶髪に褐色の瞳の、美しい女性。
　見も知らない、赤の他人だった。