Case.2 ページ10
．
僕くんはサッカーボールを小脇に抱えた。
うん、俺も早めに現場戻ろ。たぶんまだ撮影は再開しないけど。
そのとき、屋上の扉があいたことに俺は気づかなかった。
『かずー？』
え？
『あ、いた！こらっ、かず！こんなところで何してるの！おばあちゃんのとこ戻るよ！』
俺のこと、ではなかった。
「おかあさん！」
『もう！勝手にどっか行っちゃダメよっていつも言ってるでしょ？』
「はぁい…」
『すいません、ご迷惑お掛けして、』
「あ、いえ…」
やばいやばい、バレるって。とっさに俺は右手で口元を覆う。
この子の名前が”かず”ってことは、もしやこのおかあさんは結構な俺のファンなんじゃねぇの！？
とりあえずこの病院の先生のフリをしてここから抜け出して…、そうやって頭を瞬間にぐるぐる回したときだった。
『えっ…、』
「おかあさん？」
目を合わせないようにしてたんだけど、子供の手をとろうとして俺の顔を見て止まったのが分かった。あ、やべ、バレたかな…？とりあえず握手とかだけして、ここでロケをしてることを口止めしとけばいいや。俺は今度は笑顔を顔に貼って、親子の方に顔を向けた。
顔を見て思わず固まったのは、今度は、俺の方。
「は、」
『和…？』
「なんで、A…」
『う、そ…』
「おかあさん？どうしたの？おかあさん？」
俺にとんだカミングアウトしてきた謎の男の子の母親は、
6年前、俺の目の前から突然姿を消した、元恋人だった。
「A、その子…え？」
『えっと、私の、息子』
「結婚…したんだ」
『…うん、あの、』
俺とAの間で、状況が飲み込めないようで、不思議そうな顔をしている”かずくん”。俺だって、この状況がよく分からない。だって今、俺の目の前にいる女は、6年前のある日、俺の周りからすべての痕跡を消して突如としていなくなったのだから。
今、目の前に現れて、そして、まさかの子連れ。
いやいや、は？
ちょっと待てよ。
この子、さっき年は5歳って…。
『ご、ごめん…』
「…なにが」
『えっと、色々…？』
「色々って、お前、」
すると突然Aは、しゃがみこんで、”かずくん”と目線を合わせた。
『かずま、先に、おばあちゃんのとこ戻ってて。おかあさんもすぐ行くから』
「えー、やだぁ…」
”かずま”と言う名前が俺の耳に届いた瞬間、閉ざした6年前が、一気に蘇る。
俺にとっては忌々しい、あの6年前が。
．
この小説をお気に入り追加 (しおり)
登録すれば後で更新された順に見れます 253人がお気に入り
お気に入り作者に追加
この作品を見ている人にオススメ
この作品を含むプレイリスト 
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告感想を書こう！(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)
かなで(プロフ) - なり。さん» ありがとうございます！悪い言い方だと「尻に敷かれる」なんて言いますが（笑）先生をコントロールしたい婚約者、そして雅紀くんの行方も注目していただけると嬉しいです！ (2020年8月11日 22時) (
レス) id: fab795035e (このIDを非表示/違反報告)
なり。(プロフ) - わぁ!!更新凄く嬉しいです！ コントロール、パワーワードですね。愛する人を、他人を操作、支配できるのか、出来ないのか。次回を楽しみにしてます！ (2020年8月3日 11時) (レス) id: a09df3f8ec (このIDを非表示/違反報告)
かなで(プロフ) - 優羽さん» そう言っていただけると書き手冥利に尽きます。これからも楽しんでいただけるものを作れたらと思います。コメントありがとうございました(^^) (2018年12月12日 14時) (レス) id: 44386e0598 (このIDを非表示/違反報告)
優羽(プロフ) - どのお話も楽しく読ませていただいてます。中でもcase3はリピ読みしてまして、冒頭はクスッと笑えるお話だったのに段々切なくなって涙しました。バッドエンドなのに清々しい。素敵なお話を読ませていただき感謝してます。 (2018年12月1日 2時) (レス) id: 1bf95b0dcc (このIDを非表示/違反報告)
奏(プロフ) - なり。さん» 想像でしかないのですが私の中では、向こう側へ渡った人たちは悲しくてもきっと残された人の幸せを願ってくれると思うんです。願うことしかできなくなってしまうというか…。こちらこそいつもありがとうございます！なり。さんにまた喜んでいただけるよう頑張ります！ (2018年11月27日 14時) (レス) id: 44386e0598 (このIDを非表示/違反報告)
作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ
作者名：かなで
| 作成日時：2018年2月9日 12時
