21 腹の底 ページ21
『ねぇ、一つだけ聞いていいかしら』
「うん？何だ？」
外の空気を吸いながら月を見上げる零の後ろ姿に声をかければ、零はくるりと私を振り返る。
いつも少しだけ憂いを帯びていたその瞳を見据えて、先ほどからずっと気になっていた疑問をなげかけた。
『どうしてあの状況で、敬人の計画をひっくり返す行動に出たの？』
ライブハウスのステージでのやり取りを見てから、ずっとわからなかったこと。
いくら考えてもわからないなら、本人に聞くのが一番早い。
私が答えを待って零を見つめていれば、零は少し目を丸くした後、ふっと目じりを和らげて笑った。
「それ、普通は本人に直接聞かないだろ」
『だって、答えを知っているのはあなただけじゃない』
「まぁ、確かにそれはそうだけどな...」
私の言葉に、そう言って後ろ頭をかく。
そんな様子すら様になっているのだから、神様は不公平だ。
「いいけどな。それがお前のいいとこだしさ」
『そういう余計な話はいいのよ。さっさと教えなさい』
「へいへい」
私の言葉に冗談っぽく悪態をついた零はそう言ってまた月にむきなおる。
そして、さっきまでの出来事を思い出すように目を閉じて、静かに話し始めた。
「確かに、俺が一緒にがんばろうぜ、ってみんなを鼓舞すれば、坊主の思惑通りにいっただろうな。
そうすれば一時的には、状況がよくなったかもしれない。
けど、それはあくまで一時的な解決でしかない。
俺が卒業したら、アイドルを辞めたら、きっと状況は逆戻りだ。
本来組織を回すうえで、絶対必要不可欠な存在なんて作らないほうがいいんだよ。組織を回すための回路に不確実な存在を組み込んでいたら、誰でも同じように組織を回すことはできない」
『...それを敬人にわからせるために、今回あえて裏切ったってこと？』
「まあ、それも理由のひとつだけどな」
そういうと、月夜に照らされた零が柔らかく微笑む。
その表情はどこか苦しそうに見えた。
「なぁ、A。一個の人間として生きていきたい、自分が思い描く幸せを掴みたいってのは、そんなにだいそれた望みか？
周りはみんな言うんだ。
“人にはない特別な力があるんだから、その力を使って周りに奉仕すべきだ”ってさ。
けど俺は、周りと違う天才に生まれたからこそ、誰も到達できなかったような高みにたどりつきたい」
いつになく真剣な表情で語る零の言葉に、思わず息をのむ。
初めて、零が心の底を見せてくれた気がした。
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作者名：速川 薫 | 作成日時：2024年3月23日 12時
