『バグスターエモーション』

37.もう一度、、 ページ37

Aの細く真っ白な指は無意識でそっと黎斗に伸ばされる。
CRのベッドの上で微かに動いたAの気配に黎斗はPC画面から顔を上げ彼女の方を見た。


キーボードを打ちながら黎斗はずっと考えていた。意識が戻ったAにどんな顔をして何と声をかけるかをあれこれ思い巡らしていた。

本当は自分でもまだ決められないでいた。



裏切られた怒りに任せてAを削除しようとしていたあの殺気立つほどの勢いは、ICUの外で倒れたAを抱き起こした時に失くしてしまった。

意識が遠のきながらも僅かに開いた目で自分を見上げるAの顔があまりに悲しげで、そのままゆっくりと目を閉じたAの目からすっと流れた一筋の涙に黎斗の心は思い切り揺れた。


自分を裏切り陥れただけならば、Aの顔は何故自分を見てあれ程悲しい色を浮かべたのだろう。



黎斗『A？、、、まさか、、、』



期待していた訳ではない。
そうであってほしいと本当は心の中で願っていたとは思いたくない。
黎斗の中で一度は捨ててしまったはずの思いが胸の奥からゆっくりと現れる。


黎斗はバグバイザーを胸に収めるとゲームオーバー寸前のAを抱えてCRに戻り破損箇所や損失部位のデータを修復して回復させた。


そしてAが目覚めるまでに何と声を掛けようか、考え続けていた。



A「社長、、」



愛しい声は掠れて消えそうになりながらも黎斗の耳に届く。ベッドに横になったまま幻に手を伸ばしているかの様に焦点の定まらない目でAは黎斗を見た。

黎斗の胸は大きくドクンと揺れた。
愛しさと裏切られた怒りがコントロール出来ない程絡み合って心の中を暴れまわる。

それでもAに掛ける言葉が見つからず表情を変えられないままAの白い指を見つめるしかできない。



Aのその指先は自分を求めて伸びている。
小さく震える指が自分をまた騙そうとしているとは思えない。


黎斗はそう思ってゆっくりと椅子から腰を上げ、ベッドに近づくとAの指に自分の指を伸ばした。

きっともう一度Aに触れてしまえば自分の心はまたAを愛してしまうんだろう。
そんなことは分かっていた。
それでも黎斗の指もAを求めてゆっくりと伸びる。




「黎斗、そこまでだ。私の商品の破損を直してれた事は感謝する。」




突然CRに声が響き、ドアを開けて正宗が現れた。

その声に意識のぼんやりしていたAは一気に覚醒して目を見開き、伸ばしていた指を戻した。

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