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「斑と一緒なら、どこでも」

その時俺の中で何かが溢れ出したのに、溢れる想いを言葉にすることが出来なくて、ただ喉からは頼りない湿った空気ばかりが逃げていった。


「は、ははっ……そうかあ」
「何笑ってるの」

伏せていた目を大きく見開いて不本意とばかりに声を上げるAの髪から、日本製のシャンプーの香りがふわりと舞い立つ。これは向こうよりこっちで買うには高くて、日本製だけあって上質なピンクフローラルの上品な香りが特徴の高級品だ。
彼女は半分夢のような、まるみのある声をしている。神経を慰撫する柔らかい声は彼女もリラックスしている証拠で、俺も自然と春色の夢に誘われるような心地になった。


「斑ってば」

「……口説いてるのか?」


みるみる彼女の頬が桜色に色付く。
ああ、愛くるしい。思わずこのまま掻っ攫ってどこにも帰らず誰にも渡さず、手篭めにしたくなるほどに。

「……そうだったら、どうするの」

想定外にも、彼女は自身の腰に宛てがわれた俺の指を絡め取っていった。泡に触れるみたいに柔らかく、融けそうな心地。感覚のほとんどを彼女に支配されていくようだ。

「そうなら、とことん口説かれているようにしか思えないなあ」
「私に口説かれる男なんて多くないし」
「それもそうだ、光栄だなあ。はは」

Aのうなじに顔を埋めて笑うと、彼女は擽ったいのと不服なのとで身を捩った。逃がすものかと、腰に回した手に一層力が入る。


「ママ、やめ」
「斑」
「……ッまだら」

名前で読んで欲しいなんて、我儘なエゴ。だがまあ一度名前を呼んだ癖に渾名に戻した此奴に腹が立って、腹癒せとばかりに俺に差し出された片耳に呼んで欲しい名前を注ぎ込んでやった。
ほら、堕ちるだろ。簡単に呼ぶ。
少しの愉悦と背徳に、酔った心地がした。


桜色を超えて耳まで真赤に染めた彼女が、ほんとうに愛おしい。しあわせ。きっとこの気持ちをそう呼ぶんだろう。手放したくない。
実力を評価された彼女が、俺を求めてくれる。とびきりの優越感だ。学院にはAを待っている奴らが『彼ら』のみならず大勢いるのに、そんな彼女は俺と一緒ならどこだっていいと言う。なんだか愉しくて笑えてくるなあ、こんな一人勝ちが他にあるか?



「きみに幸せを約束するから、もう少しだけ俺といてくれ」


今は俺一人で充分だ。彼女を独り占めさせてもらおう。折角手紙なんてくれたのに悪いなあ。まあ、返すつもりも毛頭ないけど。

蛇毒のオ・レジェール/巴日和→←◇



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更科(プロフ) - 緋褪さん» コメントありがとうございます、代表で主催より失礼致します。緋褪さまの中に何かを残せたようで、私まで嬉しく感じております。小説を書かれた暁には是非読ませてくださいね。楽しみにしています。このパレードが貴方の中で輝き続けますように。 (2018年8月31日 13時) (レス) id: d6f890f9ad (このIDを非表示/違反報告)
緋褪 - それぞれの色が鮮明に浮かぶようで、うっとりしてしまいます。大変感動しました。自分も執筆など嗜みますゆえ、夢小説にも手を出してみようと思います。可能性を広げてくださりありがとうございます。本当に素敵な短編集でした。長文失礼致しました。 (2018年8月31日 12時) (レス) id: 75c20a22b8 (このIDを非表示/違反報告)
緋褪 - 初めて夢小説というものに触れ、あまりの美しさに溜息が漏れました。作者さまひとりひとりも有名でいらっしゃるようなのですが生憎触れてこなかったので存じ上げなかったため、これから皆様の作品も読んでいこうと思います。(連投失礼します。) (2018年8月31日 12時) (レス) id: 75c20a22b8 (このIDを非表示/違反報告)
神桜佳音(プロフ) - 更科さん» こちらこそご丁寧な対応ありがとうございます。更科さんや他の作者様の小説もこれをきっかけに読み出し、また、素敵な世界を見させて頂いてます。本当にありがとうございます。 (2018年8月30日 22時) (レス) id: 2db1ed06cc (このIDを非表示/違反報告)
更科(プロフ) - 神桜佳音さん» 丁寧な感想ありがとうございます。返信遅くなりすみません、代表で私より失礼致します。主催ながらほんとうに綺麗に仕上がったと感じております。お体が弱いとのことで、本パレードが貴方の力になることを心よりお祈りします。 (2018年8月30日 21時) (レス) id: d6f890f9ad (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:Parade!! x他6人 | 作者ホームページ:   
作成日時:2018年8月15日 21時

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