涙雨とセニシエンタ 第二幕【あんスタ】

ヒロイズムは縹渺/第二話 ページ25

それからほどなく、今日から『Trickstar』はユニットで合流して合同練習を始めたわけだが、そこへ私や零さんが顔を出すつもりはない。
個人技の底上げは済んでいる。あとは、彼ら自身で掛け算を繰り返すのみ。……というより、零さんと今顔を合わせるのは気まずい。いや、私たちはいつでも会話の弾む関係ではない気もするけれど。

なるべく普通科で過ごす、はずなのだが。

どういうわけか転校生ちゃんに昇降口で待ち伏せをされ、またしても私はアイドル科の校舎へと侵入していた。お揃いのブレザーで隣を歩くのは少し居心地が悪い。


「ガーデンテラス？」
「はい、少し考えてることがあって」

『Trickstar』の面々へ差し入れをしたいので作るのを手伝ってほしいのだと、控えめに言った。図らずも本意を探ってしまうが、特に私に話があるとかいうわけではないらしい。
正直私に手伝う義理はないのだが、協力することになった手前、無下に断るのも気が進まない。私はプロデュースした彼らに差し入れをしたことはあまりないが、手伝うよと告げると、無表情な彼女の周りに花が咲くようだった。



「レモンの蜂蜜漬けは何日か漬ける必要があったので、家で作って持参しました」
「ん〜……あと作るってなると、スポドリとかゼリー？腹持ちいいものもほしいよね」
「お菓子の材料はあります。いろいろやってみたいです……！」

表情の堅い彼女なりに目を輝かせるのが面白くて、少し楽しい。こういうの、普通の高校生の、部活みたいだ。結局3年間部活は入らなかったけれど、やってみたかった、かもしれない。

「先輩、お料理されるんですか？」
「うん、うちは親が不在がちだから。必然的にね」

談笑しつつ調理器具を揃え、準備を進める。必要材料は、よほど特別なものでなければ使っていいことになっている。小麦粉とか、卵とか。有償だがそこまで値が張るものでもないので、昨年から溜めっぱなしの私の校内通貨で支払った。

「朝比奈先輩」
「ん？」

亜麻色をした、透き通る瞳がこちらを見た。その目で見つめられると、どうも己を卑下してしまいそうになる。純度の高い、綺麗な瞳だ。

「ありがとうございます。手伝ってくださって」
「いいよ、差し入れとかしてこなかったからたまには……」
「それだけじゃないです。プロデュースのこととか……手を貸してくれて嬉しかったです」
「……うん。いいよ」

口数が少ないゆえに、飾り気なく真っ直ぐな言葉だけが届けられる。転校生ちゃんの言葉や視線は、私にとってアイドルの彼らと同じくらい、眩しかった。

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